作品タイトル不明
間話「やっぱり青森は平和じゃね?」
「まもぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
七つの大罪強欲を司る魔族の幹部、マモンは青森の山の中を全力ダッシュしていた。
「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
マモンと並走するのは、国際結婚を機にフランスから移住してきたオーレルと、インドネシアから出稼ぎにきた勤勉な青年モハマッドだ。
サマエルの畑で毎日元気よく働く青年三人は――猪に追いかけられていた。
「まもんまもんまもんまもんまもんまもんまもんまもんまもんまもんっ!」
山とは言え、遊歩道はある。
砂利道ではあるが、山に畑を持つ人や、漁に行く人が軽トラックを使うくらいの幅のあるそれなりに舗装された道路だ。
そんな道路を三人は全力ダッシュしていた。
「ぶもぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
きっかけは、畑を引退する高橋ご夫妻と一杯飲んだ日のことだ。
趣味と実益を兼ねて、猟師としても活動していた高橋二郎は、最後の狩猟に出ることを決めた。
マモンとオーレルとモハマッドは、引退間近の二郎に何かあったら困ると同行を願った。
二郎も、狩猟の経験を積むことで、猟師の資格を取るきっかけになればと思い、同行を許可したのだが、まさかマモンたちが猪に追いかけられる羽目になるとは思ってもいなかった。
(こ、このまもん猪……サマエル様の畑を定期的にまもんまもん荒らす奴でまもんまもん!)
今まで見た猪の中でも一回り大きな体躯は、成人男性でも優に吹き飛ばすだろう。
この場に二郎さんはいない。
さすがに狩猟免許のないマモンたちが一緒に森に入るわけはいかず、離れた場所で様子を窺っていた。
マモンは二郎さんの気配を感じ取ることができるので、万が一があっても駆けつけることはできる。
今までも、山菜取りに行って足を挫いてしまった年配の方を助けたことは何度もあり、サマエルとマモンは「山で困ると現れてくれる」と、ちょっとした有名人だ。
お礼に山菜はもちろん、ご家族からお菓子をもらったりすることも多い。
(まもんまもん! このまもん猪、サマエル様の魔力を浴びたのか、まもんまもんな強化がされているでまもんまもん! このマモンだけならまもんまもんで解決できるが、オーレルくんとモハマッドくんに俺のまもんまもんな力を見せることはまもんまもん!)
人として生きていることの楽しさを知ったマモンは、力を出すことを躊躇ってしまった。
しかも、七つの大罪の強欲を司るマモンだ。
日本人ならいざしらず、他の国の人間だと魔族を忌避する場合もある。
(――ふっ、俺も強欲なまもんまもん)
スーツに長靴姿のマモンがニヒルな顔をしても、誰も気づいてはくれない。
「おーい、マモンさーん。こっち、こっち!」
「まもんまもん! 高橋のおじいちゃん!」
これで助かった、とマモンは安堵しようとして――できなかった。
それはオーレルとモハマッドも同じだ。
なぜなら――高橋二郎は猟銃を持っていなかった。
「まもぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!?」
サマエルなら、マモンが思いっきり「なぜぇええええええええええええええええええええ!?」と叫んだのを理解したのだろう。
しかし、二郎は和やかに笑うだけ。
「はっはっはっ、マモンさんは自己主張が激しいねぇ」
「まもん!? いや、そういうまもんまもんではなく!」
全力で走っているため、勢いが止まらない。
三人は、勢い余って二郎を通り過ぎてしまった。
「まもんまもん! 高橋のおじいちゃん、危ない!」
「タカハシサーン!」
「アブナイヨォー!」
マモンたちが叫んだ。
マモンはもうなりふりを構わず、二郎を助けるために力を使おうと決めた。
だが、次の瞬間、高橋老人に向かった猪はくるりと宙を一回転して地面に叩きつけられた。
「まもん?」
マモンたちが目を剥く。
二郎はそんなマモンたちに苦笑しながら、猪の首を手刀で切り裂いた。
どくどくと血を流し、動かなくなる猪。
「やっぱり、歳をとっちゃったねぇ。もう少し若ければ、猪を苦しめることなく仕留められるんだけどねぇ。さ、マモンさん、オーレルさん、モハマッドさん、血抜きするから猪を軽トラの荷台に運んでくれるかね?」
「まもん!? そこまで動けるのに、狩猟はおろか、畑まで引退しちゃうんでまもんまもん!?」
――青森はやっぱり平和だった。