作品タイトル不明
21「ビッグネームの洗礼じゃね?」①
ダッシュでアマイモンから逃げ出した夏樹は、ゴッドがいるであろうリリスの喫茶店の前で息を切らせていた。
「あの魔族め……俺の黒歴史を知ってしまった以上、次回会った時には完全に消さなければ!」
「なにを言っているんですか!」
てしーん、と都に後頭部を引っ叩かれる。
「だって! あいつら、俺が技名にかっこいいと思ったクーゲルシュライバー《ボールペン》を……ちくしょう! 俺、河童勇者なのに、ギャラクシー河童勇者なのに、逃げちゃった! 河童の守護聖人として、河童大神様に申し訳がない!」
「…………おかしいです。夏樹くんは間違いなく日本語を話しているのに、意味がわかりません。あの、一登くん、できれば翻訳を」
「ごめん、ちょっと俺も無理かも」
膝をついて悔し涙を流していた夏樹だったが、しばらくすると震える足に頑張って力を入れて立ち上がる。
「泣いてちゃ駄目! 太陽さんに笑われちゃう!」
「……ノリがわかりません」
「俺もわからないかなぁ。夏樹くんって昔っから、独自の世界観があるから、そっとしておくのが一番だよ」
「昔からなんですか……てっきり異世界で辛い目に遭った弊害かと思っていたんですが」
「ううん。昔から。天然さんなのか、よくわからないけど、ときどき意味わからないことを言うんだよ」
「一登くんも大変ですね」
「そんなことないよ、夏樹くんのこういうところに俺はずっと救われていたんだから」
夏樹の奇行を見ても、笑顔を浮かべて受け入れる度量のある一登に、神や魔、宇宙人まで惹きつける魅力が確かにあるのだ、と都は理解した。
「……ガープとアマイモンに関してはいいや。ガープは喧嘩売ってきたけど、アマイモンは戦う気ないようだし。サタンさんレベルだと、今の俺だと結構きついし」
「……普通の人間はサタンを相手にまず戦わないですし、勝てるなんて夢にも思わないんですけど」
「サタンさんなら余裕だよ。お母さんにいじめたって言うぞ! って言ったら、一撃一撃!」
「待ってください! なぜ、夏樹くんのお母さんがサタンさんに関係するんですか!?」
「だって、お母さんとサタンさんは社交ダンス仲間で、サタンさんはお母さんに惚れてるし、なんなら家に居着いてるし! 最近は主夫だよ! あとね、なぜか俺のお部屋で寝てるんだよ! 気づいたら家族になってるとか、ぬらりひょんもびっくりだよ! どうせなら、可愛い座敷童子さんがよかった! あんなハリウッド俳優みたいなイケオジは嫌だ!」
「――聞かなかったことにします。私にはちょっと容量が……無理です」
夏樹の暴露話を聞いてしまった都は、耳を塞いで聞いていなかったことにした。
サタンのことを知っていた一登は苦笑している。
一登は、サタンと一緒に夏樹の部屋に泊まったことがある。その際、修学旅行のノリで恋バナを始めたサタンと盛り上がっている。
夏樹も一登も、サタンを魔族の王である魔王サタンというよりも、春子に懸想しているおじさんくらいの感覚だった。
「まあ、いいや。せっかくここまで来たんだから冷たいものでも飲ませてもらおう」
「喫茶店ですか。私、普段はファーストフード店くらいしか寄らないので、ちょっとどきどきします」
「……でも、ここって小梅さんのお母さんが経営している喫茶店じゃ」
「小梅さんのお母さんですか? あ、じゃあ、ご挨拶を――ちょっと待ってください」
「どうしたの?」
喫茶店の中に入ろうとした夏樹の襟首を都が掴んだ。
春となり暖かくなってきたが、まだ四月だ。
しかし、都は汗をかいていた。
「小梅さんって天使ですよね。しかも、ルシファー」
「そうだね」
「そんな小梅さんのお母様って何者ですか?」
「え? リリスさんだけど?」
「ビッグネームきちゃったあああああああああああああああああああああ!」
リリスという大物の名前を聞き叫ぶ都に、夏樹は「そうそう、こういう反応俺もしたよなぁ」と少しファンタジーに慣れてしまったことを寂しく思う。
(……もしかして、ゴッドがいることは言わない方がいいかな?)
(でも、喫茶店の中に入ったらバレるんじゃないかな?)
(あー、後光が眩しいんだよ)
(後光って)
(仕方がない。ライトアップされることが趣味な人でゴリ押ししよう)
(絶対無理だと思う! というか、この流れだと俺もゴッドに会うのかな!?)
(どんまい!)
顔を引きつらせる一登に、夏樹は親指を立てた。