作品タイトル不明
78「正直、やばくね?」②
すべての力を取り戻し、本来の姿になった茨木童子は雪のように美しい白い鬼だった。
肉体も一回り幼くなり、夏樹と変わらない外見年齢となっている。
手足は細く、少しでも力を入れたら折れてしまいそうだ。
対し、角は太く、歪んだ禍々しいものが二本額から生えている。
「……やべぇ。こいつ、今まで得た力をマジで自分じゃなくて赤ちゃんを作るつもりで溜め込んでいやがったのか。どうりで、予想よりも力がないと思っていたけど……これはさすがになっちゃんピンチかも」
霊力で編んだ真っ黒な着物に身を纏い、血のように赤い刀を握っている。
「――聖剣さん、八割」
夏樹の要求に、姿を見せた聖剣さんが反対した。
「ダメよ」
「だけどさ」
「死ぬわよ」
「このままでも死んじゃうんだけど」
短い時間だが七割の力を出しても殺し切れなかった茨木童子がさらに強くなったのだ。
さらなる力を求めるのは自然のことだった。
しかし、聖剣さんはそれを良しとしない。
「……とても不本意だけど! すごく嫌だけど! 海の勇者としての力を使いなさい!」
「え? いいの?」
「いいもなにも、使わなきゃ死んじゃうでしょ!」
心底嫌そうな顔をする聖剣さんには悪いが、夏樹は笑みを浮かべた。
「――なるほど、よしよし。いいね、まだまだ挽回できるんじゃね?」
「聖剣の勇者のくせに、あたし以外の力を使おうとして鼻の下伸ばさないでよね!」
「ごめんごめん。謝罪は生き残ったら、いくらでもするから」
「当然よ。海の勇者の力を引き出すサポートはちゃんとしてあげるから、あの余裕ぶっている女をぶっ殺しなさい!」
「――喜んで!」
夏樹の返事に「ふんっ」と鼻を鳴らした聖剣さんが消える。
夏樹は聖剣を肩に担ぐと、真っ直ぐ茨木童子を見た。
「お待たせ」
「いいのよ。これは慢心でもなんでもなく、強者の余裕だから」
「ありがとう。でも、あとであんたは後悔するんだ。今、この時に殺しておけばよかったって、な」
「そう思わせてくれるなら、それも一興ね」
「殺してやるよ、茨木童子」
「やってみなさい、ギャラクシー河童勇者Z」
とても残念に思う。
魂の名前で呼んでくれる茨木童子を殺すのは、本当に残念だ。
異世界人と比べたら、茨木童子はまだ許容範囲だった。
しかし、殺さなければ面倒だ。
彼女は良くも悪くも鬼であり、ここでなあなあにしてもいずれ殺し合うだろう。
ならば、殺せる時に殺しておいた方がいい。
「――海よ」
夏樹を中心に、潮が現れ渦を巻く。
「な」
茨木童子は強者の余裕と言っていただけあり、夏樹の力の全てを見たあとに絶対的な力で押し潰そうと考えているのだろう。
その考えは嫌いではない。だが、間違いだ。
「――母なる海よ。生命の始まりの母体を。穢れた力の使い方しかできないことを謝罪します」
それは懺悔という名の詠唱だった。
「偉大なる海よ、母よ。子と子が殺し合う世界に、絶望しながら、見捨てずに見守り続けてくれる偉大な母よ。それでも愚かな私たちの存在を許したまえ」
膝下まで水が上がってきた。
この場だけではない。
裏京都全てが、夏樹から湧き出る水によって沈んでいく。
「そして私たちはまたあなたを泣かせてしまうのです。――慟哭の海」
波と波がぶつかり、悲痛な叫びが木霊した。
■
その頃、向島市のポセイドン。
「――使ってしまうのだな、なっちゃんよ」
どこか悲しそうに海を見ながら呟くのだった。