作品タイトル不明
79「海の勇者の力じゃね?」①
――由良夏樹は『聖剣に選ばれた勇者』として異世界に召喚されながら『海の勇者』というふたつの勇者である。
聖剣の勇者とは、文字通り聖剣の使い手である。
その力は聖剣に依存している。使いこなせば、雷と破壊を扱うこととができる。また、聖剣の『本当の名』を呼ぶことによって、絶大なる力を与えられる恩恵もある。
しかし、異世界から帰還したことで夏樹は聖剣の力を使いこなせずにいた。
現在の聖剣は、夏樹が『自力』を使うにあたってのサポートに徹しており、そのついでに聖剣の力を『一部』使わせてくれているだけだ。
また、聖剣は夏樹と契約をする際に、『海の勇者としての力を使わない』という約束をしている。
無論、夏樹も異世界からの帰還のために要所要所で使ってきたが、聖剣の力と自力だけで事足りてきた。
それだけ、聖剣の本来の力は壮絶なのだ。
だからと言って、聖剣の力に海の勇者の力が劣るかと問われれば首を横に振るほかない。
否。
海の勇者の力は、聖剣に匹敵するかそれ以上の力を秘めている。
そして、その代償も。
■
「茨木童子……後悔しただろう? あんたにこれから訪れるのは圧倒的な絶望だ」
「ははははははははっ! さすが完全なる血統ね! これだけの力を使える人間など、数える程しか知らないわ! お前を食って、私はさらなる力を! さらなる高みに! そしてしののんとの子供を!」
「うん。それだけ最初から最後までしののん言ってりゃ、上等だ! 俺が認めてやる! 茨木童子、てめえは立派な安倍家の嫁だ!」
夏樹が聖剣を持っていない腕を茨木童子に向けた。
刹那、莫大な量の水が茨木童子を押しつぶさんと襲う。
「海水を圧縮したところでなにができるというの!」
刀で滝のような水を茨木童子が両断する。
だが、夏樹が拳を握ると同時に、左右に分かれた水が茨木童子を飲み込んだ。
「ひとつ誤解しているようだけど、この水はただ海水をぶっかけてるだけじゃない。俺は海の勇者――俺がいる場所が海だ」
水量が増す。
裏京都に軋みが走り、全体を覆う結界に亀裂が入っていく。
「そして、この海は――全ての海だ。わかるか? 地球の海でもなく、異世界の海でもなく、この広大な宇宙の中で初めて現れた海だ」
海水に飲まれている茨木童子の腕がひしゃげた。
流れ出た血が海水に飲まれていく。
彼女の力は、海に吸収され、本当にわずかだが弱体した。
「この程度で!」
片腕で刀を振るい海水の中から脱出した茨木童子が、まるで意思を持つように襲いかかる水を斬りながら夏樹に肉薄する。
彼女は斬るのではなく、貫くことで全てを終わらせようとした。
その判断は正しく、的確に夏樹の心臓を刀で貫いた。
「この程度じゃ、今の俺は死なない。いや、死ねないんだ」
とぷん、と夏樹の身体が波打った。
「まさか液体化していると言うの?」
「そんな大袈裟なもんじゃないよ。俺自身も海になっている。それだけのことさ」
茨木童子が口を開けて霊力の閃光を放つ。
夏樹の左半身が消し飛ぶが、海水が補うように集まっていく。
衣類は元に戻らなかったが、夏樹の肉体に傷ひとつない。
「今の俺も絶対的じゃないから、早く終わらせよう」
茨木童子の首を掴み、頭上に投げる。
彼女の小さな身体が裏京都の結界にぶつかり、嫌な音がする。
夏樹は彼女に視線を向ける。
たったそれだけの行為で、濁流が茨木童子に顎を開け飲み込んだ。
――その姿は、まさに――水の龍だった。
■
「あかん! このままやと、裏京都が内側から弾け飛んでまう!」
防御に力を入れながら安倍東雲が叫んだ。
「どうせい言うんじゃ!」
純白の翼を広げて、障壁を張って一同を守る小梅が悲鳴を上げる。
壊すことに長けていても、守ることは苦手であり、結界の修復などできない。
しかも、裏京都なる擬似空間を維持している結界など仕組みがわからないのだ。
「あかん! このままやと表の京都にまで、夏樹くんの海が溢れ出てまう!」
「リヴィアサンもびっくりな大暴れを京都でできるわけないじゃろう!」
「はぁ。しゃあないね――急急如律令」