作品タイトル不明
62「大地の勇者と熊童子じゃね?」①
――最初にしかけたのは熊童子だった。
鬼たちが妹と言っていたので、女性なのだろうが、外見は鬼ではなく熊である。
森で遭遇したら死を覚悟するほど、大きい熊だった。
「べぁあああああああああああああああああああああああ!」
熊童子が雄叫びを上げる。
夏樹は、聖剣を軽く握ると横一閃――しようとしたが、それよりも早く祐介が駆けた。
「大将がいきなり出たら、僕たちの面子がないからね。任せてもらうよ!」
「本音は?」
「鬼さんを殺させてたまるかぁああああああああああああああああ! みんな俺が倒して嫁にしてやるぅううううううううううううううううう!」
「あ、はい。頑張ってください」
迫り来る熊童子よりも大きな雄叫びを上げた祐介が、これでもかと魔力を体内に巡らせて走った。
振り下ろされる熊童子の腕。
人間など容易く抉ってしまうような鋭い爪が、光る。
「べぁあああああああああああああああああああああああああ!」
「よっしゃ、こいやぁああああああああああああああああああ!」
夏樹でもまず避けるか、腕ごと切り落とすの選択をする熊童子の一撃を、祐介はあえて腕で受けた。
誰もが特別鍛えられていない祐介の細い肉体がひしゃげると思われたが、そんなことにはならなかった。
身体強化魔術。
異世界では定番中の定番であり、近接戦闘ではどれだけ自分を強化するかで勝敗が決まる。
魔力の使い方もあるが、まず魔力量に左右されることが多い。
規格外な魔力を持つ夏樹はそれ相応の力を得るが、祐介だって負けていない。
異世界では酷い目に遭った祐介だが、彼もまた勇者なのだ。
その魔力量は神話級の魔族に匹敵するほどだ。
「べぁあああああああああああああああああああああああああ!」
「くまぁああああああああああああああああああああああああ!」
「……祐介まで熊語使い始めよったんじゃが」
熊童子の一撃を受けた祐介は、地面を陥没させるほどの衝撃を与えられながらも、傷を負うことなく受け止めていた。
「べ、べあ!?」
「良い一撃だ! 異世界じゃあ、傷らしい傷はつけられたことがないのが僕の自慢さ! 代わりに、心はボロボロに傷つけられたけどね!」
「……佐渡はちょいちょい自虐するな」
笑顔を輝かせて悲しいことを言う祐介は、熊童子の右腕を掴むと、「ぺろん」と肉球を舐めた。
そして、一本背負い。
「ちょ、ま、今、熊童子の肉球舐めんかったか!? 俺様の気のせいか!?」
「いや、めちゃくちゃ早く動いたけど。間違いなく舐めただろ」
「せやね。舐めたね。あの行為になんの意味があるんかね?」
謎の「舐める」という工程に疑問を持った一同だが、残念ながら答えてくれる者はいなかった。
祐介の軽やかな一本背負いによって、背中から地面に激突し、蜘蛛の巣の様に地面に亀裂を走らせる。
「べ、あ」
熊童子の肺から空気が抜けた。
だが、熊童子も酒呑童子の子供であり、トップクラスの鬼である。
すぐに体勢を立て直すと、鋭い牙が並んだ口を開く。
「ひゃっはぁあああああああああああああああああああ!」
そんな熊童子の口に、なぜか祐介は自らの左腕を突っ込んだ。
驚いたのか、熊童子が反射で口を閉じるが、硬い祐介の肉体は傷つかない。
再び、彼によって地面に投げられると、今度は抵抗できないように祐介に首根っこを抑えられた。
「べ。べあ」
体格差は歴然であるにも関わらず、熊童子の抵抗に祐介はぴくりともしない。
「ごめんね。僕って、ちゃんと地に足をついていると、馬鹿力なんだ」
このまま首をへし折ることもできただろう。
だが、祐介の目的は熊童子の殺害ではない。
「では、動けなくなったところで、さっそく」
にちゃぁ、と邪悪な笑みを浮かべた祐介は、
「よーし、よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!」
熊童子の身体を撫でまくったのだった。
■
夏樹は祐介の活躍を背中越しに感じながら、アイテムボックスからビニールシートを敷くと、水筒を取り出し、紙コップに冷たいお茶を注ぐ。
「ぷはぁ」
食後のお茶が染み渡る。
「よし、観戦だ!」
しばらく出番はなさそうなので、観戦に徹することを決めた。