作品タイトル不明
59「茨木童子が動くんじゃね?」
安倍円は、ずきんずきん、と痛む頭を抑えて、ふらり、と靴を履いて部屋から出ていく。
「お、おい、円! なにしてんだ、体調が悪いんだから寝てないとまずいだろう!」
熊崎伍太郎が、おぼつかない足取りで部屋から出て行ってしまった円を慌てて追いかけてきたが、彼は気にせず歩いていく。
「円!?」
「おい、円! なんつー、青い顔をしてるんだよ!」
同じマンションに暮らす姉安倍きららと安倍音叉が熊崎の声によって様子を見にきて、円の異変を知って驚いた声を出す。
「――行かんと。あの子が待っとる」
「なにを言ってるんだ!?」
円の腕を掴むが、その細い身体のどこに力があるのか、巨体の熊崎が引きずられてしまう。
「ちょっと、円!?」
「おい、こら! 姉貴の言葉がわからねえのか!」
エレベーターに乗った円を追いかけ、必死に声をかけるが、彼は反応しない。
「――術ね」
きららが円の状態を見て、察した。
何者かが円に術をかけている。
操られているのか、意識を誘導されているのかまでは専門ではないのでわからないが、このままではよくないことはわかる。
「お兄ちゃんがいれば」
「ここにいねえ兄貴を頼ったってしょうがねえだろう!」
音叉が叫んでいる間に、エレベーターが止まり円が再び足を進めていく。
「おい、円! いい加減に、正気に――な――っ」
熊崎が円を本気で止めようとした時、とてつもない力が降ってきて圧迫感によって押しつぶされ、その場に膝をついてしまった。
それはきららと音叉も変わらない。
「……迎えにきたわよ、円」
白い髪を伸ばした、着物姿の鬼が円に向かって手を伸ばしていた。
「――茨木童子っ」
きららがすぐに正体に気づき鬼の名を呼ぶ。
だが、茨木童子は不愉快そうに顔をしかめると、円に伸ばしていた手をきららに向けた。
「邪魔よ、死ね」
爆発的に高められた霊力を乗せた、一撃は、きららを殺すには十分過ぎた。
いや、きららだけではない。
この場にいる人間はもちろん、マンションや近くの建物も巻き込んで酷いことになるだろう。
「障壁っ!」
音叉が叫び攻撃に身構えた。
「いやいや、我が娘ながら表でやりたい放題じゃねえか。まともに育てた記憶はねえが、おっちゃん的にもやりすぎだと指導だな」
だが、音叉たちの全力の防御の前に、巨体の中年男性が現れ、迫りくる攻撃を純粋な拳の一撃のみで相殺した。
男の額には鋭い二本の角が生えていた。