作品タイトル不明
29「円と東雲のお話じゃね?」②
床に転がったペットボトルから水が流れ、床に広がっていく。
足元を濡らしながら硬直している円の代わりに、東雲がペットボトルを拾ってテーブルに置いた。
「……円、大丈夫なん?」
「あ、うん。……そうやなくて、安倍家の老害どもを排除ってどういう意味や!?」
「あら? なんかむずかしかったん? 言葉の通りやよ。安倍一門という看板背負って金勘定しかせんような老害どもには京都から退場してもらおうと思ってるんよ」
笑顔でありながら目がまるで笑っていない兄に円はぞっとした。
兄東雲にはこういう怖いところがある。
身内以外ならどこまで冷酷になることができるのだ。
東雲にとって身内は、兄弟五人だけ。
もしかすると茨木童子も数に数えられているのか不明だが、他にも熊崎親子のように友人枠の少ない人間以外には、笑顔で接しても上辺の付き合いしかしない。
もともと才能があるゆえに弟妹たちに過酷な修行を課した両親を東雲は身内と見ていない。
以前、東雲が不意に漏らした言葉の中で、兄が高校生くらいの時から親を親と認識しなくなったようだ。
理解はできる。
円にとっても両親は――親とは見ることができないのだから。
「待ってや、今まで放置してきたあいつらをどうして急に?」
「遅かれ早かれの問題やったんやけど。面倒なことが重なってしまったんよ」
「面倒ってなんや?」
東雲は、ふわり、と風を操りキッチンから布巾を取ると、濡れた床を拭き始めた。
「長年、京都の霊能力者は鬼や妖怪と戦ってきた。九尾一門と酒呑一門の三つ巴や。せやけど、なんやかんやと九尾らとは折り合いがついとる。九尾らは人を食わんからね」
「……けど、鬼は人を食う」
「残念やけど、それが現実や。まあ、個人的な意見としては、鬼にしたら人間が牛や豚を食うのと同じ感覚やろうから、とやかく言うつもりはないんよ」
「兄貴っ!?」
「わかっとる。友達を目の前で食われた円には酷やろうけど、ずっと鬼を憎んどる人生を送ってもしょうがないやろ」
兄は布巾をキッチンに投げると、ソファーに戻り続けた。
「だが、兄としても、弟を襲った鬼にはけじめをつけさせるべきやと思っとる。ということで、自分は鬼と霊能力者がおてて取り合って仲良くしましょうとぬるいことを言っとる、穏健派に所属しとる。で、自分は共存にあたりひとつだけ条件を言ったんや」
「……なんや条件って」
「――円を襲った鬼を差し出せ」
にこり、と東雲は微笑む。
兄はずっと円のために動いていたのだ。
「うーん、ちゃうかな。選択肢を与えたんよ。円を襲った鬼を差し出して仲良しごっこするか、滅ぶか。簡単な二択やろ?」
「あ、兄貴」
「自分はね、家族以外がどうなろうと知らん。そりゃ、友人知人も大事やけど、一番は家族や。円を襲ったケジメだけつけてくれるんなら、他の鬼なんて、それこそ酒呑童子もどうでもええの」
だけど、と笑みを浮かべたまま東雲は立ち上がり、窓の外を眺めた。
「自分がその気になれば、酒呑童子はさておき、他の鬼たちを滅することくらい簡単や。面倒やからしないだけ。鬼側も、犯人探しする猶予は与えたんやけど、まあ、面倒なことに口を挟んでくるボケが現れたんや」
「誰か?」
「我が家のクソ親父様や」
「…………あの親父ならやりそうやね」
「せやね。クソ親父様は、勝手に穏健派に加わって鬼が自分らの式となるのなら手を組んでもええんと言ったそうや」
「手を組む? 共存ってことやろ?」
「あー、ちゃうちゃう。クソ親父様曰く、安倍家の力に、京都の霊能力者の力になるのなら、変わらず人を食らってええよってことやて」
「…………は?」
「自分も知ったのは最近なんよ。口止めされとったみたいやね。ほら、自分のほうが強いけど、立場的にはクソ親父殿のほうが安倍家当主やろ。板挟みにしてもうた人には申し訳なかったわぁ。というわけで、まずは安倍家から潰すって決めたんよ」
振り返った兄は、怒りではなく、どこか疲れた顔をした。
「これだけならよかったんやけど、外部要因があかんのや」
「外部要因? 京都以外のなんかか?」
「せや。向島市から――ギャラクシー河童勇者YURA・NATSUKIくんがもうすぐ来てまう」
「誰やそれ!? いや、言わんでええ! 遠野で会ったあいつやろ! なんで、あいつは河童にこだわっとるんや! つーか、京都に来るんか!?」