作品タイトル不明
25「清々しい朝じゃね」
――幼い頃の夢を見ていた。
幼い夏樹は幼い円と手を繋ぎ、京都の街を歩いていた。
少女のように可愛らしい円はにこにことして、楽しそうに何かを喋っている。
彼の声が聞こえないことが残念だ。
――記憶にノイズが走る。
まるでテレビの砂嵐のように、ざっ、ざざっ、とノイズが続く。
その間にも、手を繋いだ夏樹と円が歩いていると、たくさんの人がいたはずの路地から人の姿が消えた。
なにが起きたのかわからない夏樹と、顔を真っ青にしている円の背後に誰かが、現れた。
女だ。
顔はわからない。
ノイズが邪魔をする。
――ノイズが強くなった。
女は怯えながら夏樹の前に立ち手を広げる円を殴る。
顔は見えないが、女が艶やかな唇を撫でた。
「――嗚呼、なんて美味しそう」
女は夏樹を掴み、口を開く。
円が夏樹を助けようと女に立ち向かうが、何度も殴られて動かなくなる。
幼い夏樹が叫んでいた。
「あら、可愛い子やね。ほな、いただきます」
女が夏樹の首に思い切り食らいついた。
首の痛みと、血を啜られる不快感が襲い、吐きそうになる。
続いて、長い爪を伸ばした女の指が腹に刺さった。
――絶叫。
幼い円が手を伸ばしている姿を見ながら、幼い夏樹は鬼に内臓を掻き回されながら、血を啜られ続けた。
■
「――मैं आपको कभी माफ़ नहीं करूंगा!」
急なヒンディー語と共に夏樹がベッドから飛び起きた。
「……夏樹くん……目覚めと共に叫ぶのってどうなの? あとどこの言語なの? おはようって意味?」
「ヒンディー語で絶対に許さないって言ったんだよ。夏樹……御先祖にインドの方がいるのか?」
昨晩、泊まった一登が夏樹の叫びに反応し、フローリングの上に敷かれた布団から目を擦って起き上がる。
同じく夏樹の部屋に住み着いているサタンが、翻訳してくれた。
「さあ? ごめんね。いやさ、京都で鬼に襲われた時の記憶がまた夢でさ。つい叫んじゃったよ」
「普通、ヒンディー語は出てこないはずなんだけどな。まあ、夏樹らしいというか、意味わかんないところがその通りだというか」
時間は七時だ。
起きるにはちょうどいい。
一登は朝食を取ったあと、家に帰るそうだ。できることなら京都について行きたいと言ってくれたのだが、一登に万が一のことがあると天照大神が荒ぶること間違いないので、遠慮してもらった。
一登の潜在能力は高いが、今の所目覚めていない。無理をして、力に目覚める必要なんてないのだ。
また、征四郎と義政少年も京都にはもちろんついてこない。
院に属する旧家である征四郎が、京都で鬼退治を勝手にするわけにはいかないのだ。義政少年は、五歳児なので連れて行くなど論外だった。
祐介は京都に同行したがっていたが、夏樹の京都行きが決まる前に、リリスから喫茶店に来て欲しいという旨を伝えてしまい、先方に承諾してしまったので来ることはできない。
だが、夏樹としては、異世界関連でトラウマを負っている祐介は戦いになるとわかっている京都に来ない方がいいと考えていたのでちょうどいい。
千手だけが、あっさり同行すると言っていた。本人曰く、「由良が京都を破壊しないように命かける人間がひとりくらいいないとまずいだろ」とのことだ。
本当は夏樹のことを心配してくれているのに、素直ではない。
カーテンを開けると、いい天気だった。
「――最高の鬼狩り日和だ。きっと桃太郎もこんな気分だったんだろうなぁ」
そんなことを言いながら背を伸ばす夏樹の背後で、サタンと一登が「桃太郎は絶対そんな軽いノリじゃないと思いたい」と呟いていた。