作品タイトル不明
9「温泉できゃっきゃうふふじゃね?」②
「つーか、安倍あべ子とあべ美はなーんで、向島市に来たんじゃ? 天照太神が介入せんかったら、今頃おどれら真っ二つじゃぞ」
「あれ? 今、なんか変な言い方しませんでしたか?」
「気のせいじゃ、おどれは黙っとれ」
小梅の疑問に、答えたのは安倍きららだった。
「つーか、さっきからあべ子とかあべ美とか言わないでくれる!? 私は安倍きららよ!」
「そうか、それであべ子」
「全然っ、聞いてないじゃない! さっきの鼻フックのお礼をしてあげたっていいのよ!?」
「……おどれも変わった性癖じゃのう。夏樹の前で鼻フック顔を披露したのに、お礼とか……まあ、もらえるもんはもらっとくのが礼儀じゃから金一封もらっといてやるぞ」
「どうして私があんたに金払わないといけないのよ! 素敵なプリンスを見つけたのに、鼻フックするなんて――ぶっ殺してやるぅうううううううううううううううう!」
「おまっ、プリンスとか、何を参考にしたらそんな単語が出てくるんじゃ」
爆笑する小梅に対し、きららは激昂し掴みかかろうとするが姉である音叉によって羽交い締めにされてしまう。
「離してよ、あべ美!」
「……お前、ぶっ飛ばすぞ。脳筋の俺よりもキレ散らかしてどうするんだよ。向こうが話を聞いてくれるつーんだから、話をしようぜ」
「……ふんっ。勝手になさい」
きららはふて腐った顔をして、湯船に口元まで沈んでしまう。
話す気はないという意思表示なのだろう。
音叉はそんなきららを見て「しょうがねえなぁ」とつぶやくと、話し始めた。
「俺らが、酒呑童子をぶっ殺す。そこはまず、京都の霊能力者の悲願としてある。それはとりあえず覚えていてくれよ」
前置きをした音叉は続ける。
「んで、酒呑童子だけじゃなく鬼や妖怪全部をぶっ殺そうっていう強硬派とか言われているのは、だいたいが鬼や妖怪に誰かしら親しい人間を殺された奴らだ。まあ、復讐だわな」
「……言い方は悪いですけど、霊能力者あるあるですね」
「それな!」
都がぼそり、と発した言葉に音叉はカラカラと笑った。
銀子と澪も、心当たりはあるような反応をする。
霊能力者なんていう裏家業にいる人間は、良くも悪くも理由がある。
表世界には馴染めない者、能力があるゆえに選択肢がない者、そして親しい人が人外に殺されて復讐のために足を踏み入れた者などがいる。
タチが悪いのは、力を持つ人間の親しい者が殺されて復讐に走る場合だ。
「安倍家でいえば、友達を目の前で殺された弟の円だな」
――来た。と、小梅と銀子が目配せをした。
「そ、そそそそそ、そういえばそんなことを聞いとったんじゃが、詳細はどんなんなんじゃ?」
「なんでそんなにどもってんだよ」
「どもっとらんわい!」
「……小梅さん、芝居下手すぎっす」
腹芸ができない小梅に、銀子が呆れた顔をした。しかし、音叉は気にしなかったようで、続ける。
「まあ、いいや。ガキの頃……今でもガキだけどよう。目の前で鬼に、それも上位の鬼に襲われたんだよ」
「ほうほう」
「安倍家の人間、それも直系は霊力が強いからな。餌としては極上だ。完全なる血統なんかがいない現代じゃ、上質な霊力を持つ人間っていうのは鬼が力を増すにはもってこいなんだろうな」
(それじゃぁああああああああああああああああああああああああああああ!)
(それっすぅうううううううううううううううううううううううううううう!)
小梅と銀子は声こそ出さなかったが、顔を見合わせて静かに絶叫した。
安倍円の霊力が豊富な肉体もそうだが、おそらく本能的に鬼は夏樹が完全なる血統であることに気付いたのだろう。しかも、ふたりは子供だ。本能的に生きている鬼が、ごちそうを前に我慢できるはずがない。
とはいえ、襲われた夏樹がぴんぴんしている理由はやはり不明だ。
「酒呑童子が人を食ったっていう話は最近聞かねえ。下僕の鬼が攫った人間を食っている場合もあるが、鬼は人間を狩るのが好きだ。じゃあ、酒呑童子も自分でやるだろう。俺はあったことはねえが、聞く話だとそういう奴だ。となると、次に強いのは酒呑童子の子供たちだ」
「ほう、子供がいるんか」
「ああ、クソ強いのがいるぜ。京都の鬼どもは数が面倒臭えが大半は雑魚だ。そんな鬼どもを束ねているのは、酒呑童子――ではなく、奴のガキどもだ」
音叉は忌々しげに、吐き捨てた。
「茨木童子を筆頭に、星熊童子、熊童子、虎熊童子、金童子だ。茨木童子が特にやべぇが、他の鬼もクソやべぇ。俺は熊童子とやり合ったことがあるが、結果はこれだ」
音叉はそう言って背中を見せた。
そこには鋭い五本の爪で斬り裂かれた痛々しい傷があった。