作品タイトル不明
72「悪いことを企まない方がいいんじゃね?」①
遠く離れた電信柱の上から、安倍きららが夏樹と一登が月読と共に帰っていく姿を見下ろしていた。
「ほんっとに、使えない雑魚ね。ったく、少しくらい役に立ちなさいよ。だから、口だけの霊能力者って嫌いなのよね」
電柱の上に厚底ブーツで器用に立つ少女は、フリルのあしらわれたウエストが引き締まったワンピースドレスと、ヘッドドレス、日傘を差したゴスロリファッションで身を固めていた。
だが、それ以上に目を引くのが、青く染められたショートヘアの真っ直ぐに揃えられた前髪の下に、フリルのついた厚手の布で両目を覆っていることだ。
本来ならば、視界は暗闇に覆われているはずのきららだが、特別な瞳を持つ彼女には関係なく世界は見えていた。
「おい、きらら。いいのかよ、あいつらを行かせちまって」
「……あんた知らないの、由良夏樹って東雲兄貴レベルで強いのよ」
「だーかーらー、戦いたいんじゃねえかよ!」
「はぁ。我が姉ながら蛮族すぎ」
「んだと!?」
「由良夏樹だけならまだしも、三原一登に、知らない霊能力者も揃っているじゃない。由良夏樹だけでも手に負えないのに、三対二じゃより不利でしょ」
「てめえが雑魚ばかり集めるからだ」
「あのくらいじゃないといなくなっても気づかれないのよ」
安倍きららと会話をするのは、同じく電信柱の上に器用に立つボーイッシュな少女だった。
オーバーサイズのTシャツの上にパーカーを羽織り、その下には黒いタイツとハイカットブーツだ。後頭部を刈るほど短いベリーショートに揃えられた頭部の上に、キャップを浅く被っている。
耳には大量のピアスを開けてもいた。
彼女の名は、安倍音叉。安倍家の長女であり、きららは次女だった。
「はぁ。計画が狂っちゃうわね。強硬派に各地から霊能力者を集めて京都クリーン計画を始めようと思っていたのに」
「男共の目を盗んでちまちまやっていたせいで、計画があんま進んでねえんだよな。ったく」
「姉貴が脳筋じゃなけりゃ、もっと違ったでしょうね」
「あんだと!?」
「……はぁ。喧嘩する気も失せるわ。私はただ、可愛い可愛い円のために、京都から鬼を全て消し去ってあげたいだけなのに」
「円は余計なことすんなっていうだろうぜ」
「それでも、してあげるのが姉心でしょう! ほんっと気の利かない女ね」
「んだと!? 兄貴に文句を言われるのを覚悟でお前に付き合ってやってるだろ!」
「はいはい、ありがとうございまーす」
「このぉ」
音叉を無視して、きららは軽やかに電信柱から飛び降りると、音もなく地面に着地した。
一瞬ではあるが、霊能力で肉体を強化したのだ。
対して、音叉は身体強化も使わずに、電信柱から当たり前のように飛んで降りてきた。
「一度京都に戻りましょう。もっと強い戦力を連れてこないと駄目だわ」
「随分、由良夏樹にこだわるじゃねえか」
「……あんたねぇ、東雲兄貴レベルでやばい霊能力者なんてそうそういないでしょ!」
「まどろっこしいな。ボコって連れて行けばいいじゃねえか。それに、お前にはご自慢の目があるだろ」
そうね、と駅に向かって歩き出そうとしていたきららが足を止める。
安倍きららは、兄東雲のような規格外の力はなく、円のような使役する力もない。音叉のように霊力を暴力に変えることも苦手であり、もうひとりの兄ともまた違う。
だが、その瞳には特殊な力を持っていた。
――それは、魅了。
「そうね。あまり使いたくないけど、可愛い円のためだもんね」
きららは目を覆う布に触れた。
「おっと、その前に喧嘩させろよ」
「はいはい、ご勝手に」
「話がわかって何よりだ。楽しい喧嘩ができれば、それでいいんだぜ」
きららと音叉は、少し離れた距離を保ちながら夏樹を監視しようと企んだ。
家に帰り、油断した瞬間、魅了してしまえばいい。
絶対的な魅了は無理だが、きららは一時的に強い好意を相手に与えることができる。力量差があれば、一度で数日効くが、対象の力が強ければ短時間に定期的に魅了をかける必要がある。
便利ではないが、使い方を間違えなければ、他者に言うことを聞かせられるのだ。
「あんなガキ、私が魅了してあげるわ」
と、きららが呟いた時、地面に広がる影から腕が伸びて姉妹の足首を掴んだ。
「――ひ」
「――な」
あまりにも突然すぎた事態に、きららと音叉は短い悲鳴をあげた。
「一登きゅんに手を出そうとする悪い子はいねーがー」