作品タイトル不明
66「やっぱりビッグネームじゃね?」②
向島港の人気者ポセイさん。
個性的な言動こそあるが、気さくで良い人だ。
釣りに来た家族が場所が取れずにいると、誰よりも早く気づきポイントを譲る。
子供が魚が釣れないと悲しんでいると、自分のクーラーボックスから魚を惜しげなく渡してくれる。
そんな日々の積み重ねで、ポセイさんの人気は鰻登りだ。
――そんなポセイさんの正体は、向島市でこっそり経営している小さな釣具店の店主だった。
■
「おいおい、マジかよ。あーでも俺の気のせいってこともあるしね。よし、釣りだ釣りだ!」
「……放っておいて良いのかなぁ?」
困惑顔の一登の肩を夏樹は軽く叩く。
「ポセイさんが神様でも、神様じゃなくてもいいんだよ。そんな些細なことで、小さな頃からお世話になってるポセイさんと俺たちの絆は変わらないだろ」
「……夏樹くん」
「なによりも、昨日は雷神トールさんとガチンコバトルしたばかりだから、もう神様枠はお腹いっぱいなんです! 海神ポセイドンとか倒せる気しねーよ!」
「ちょっとでもじーんとしちゃった気持ちを返してほしいな!」
なんてやりとりをした後に、夏樹たちは釣りの準備を始める。
釣り道具を整えると、バケツに海水を汲む。
コマセを軽く溶かしながら、釣具店で以前に買った黒鯛用の餌と混ぜる。
「……よし。まずはフカセ釣りだ。異世界で特に出番がなかった釣りのテクをご披露だぜ」
「特になかったんだ」
「そりゃないさ! 異世界の魚とか食べたくないよ! 川に深海魚みたいなのいるからね!」
「なにそれ異世界こわい」
軽く異世界ネタを挟むと、撒き餌をしっかり撒いて準備は万端だ。
「昼飯をかけて勝負だ、一登!」
「いいね! 大きさ? 数?」
「選ばしてやるよ」
「ふーっ! さすが異世界の勇者は余裕だね! じゃあ、大きさで!」
釣りがスタートする。
夏樹は異世界で培った戦いを思い出し、呼吸を殺し、気配を殺す。
心臓の鼓動さえ最低限に抑え、全力を持ってして魚を釣ろうとする。
「――よし! 来た!」
「……え?」
夏樹が無駄な技術を肉体に注ぎ込んでいると、さっそく一登の竿が曲がった。
「おおっ、良い引き!」
海の中から現れたのは二〇センチほどのメバルだ。
日中の防波堤で釣れるには良型だ。
このサイズならば、煮付けで美味しい。
「なんかごめんね、今日は調子がいいみたいだよ」
丁寧に釣り針からメバルを外し、クーラーボックスに入れた一登は、「にやり」と挑発的な笑みを浮かべた。
(ぐぬぬぬ……そういえば一登は釣りになると負けず嫌いさんになるんだった)
しかし、夏樹も異世界の勇者だ。
ここで負けるわけにはいかない。
「俺の釣りはこれからだ!」
――三時間後。
「ふぅ! 大漁大漁!」
一登のクーラーボックスの中にはメバルが七匹と、四十センチ近い黒鯛が二匹いた。
対して、夏樹のクーラーボックスは魚は一匹も入っていない。
「あー、お腹減った。お昼は、牛丼トッピング増し増しで大盛りだね」
「……喜んで奢らせていただきます」
「うむ。苦しゅうない!」
大きさでも数でも敗北した夏樹は、堤防に手を付き涙を流すのだった。
異世界から帰還してから、初めての敗北だった。
「良き釣り勝負だったぞ、なっちゃん、かずちゃん! どーん!」
「あ、ポセイさん。こんにちはー!」
「こんにちは」
「うむ。こんにちは。かずちゃんは相変わらず海に愛されているな」
「あははは、照れます」
「……俺、海の勇者なんですけど?」
「なっちゃんは、気配を殺しているのはいいのだが、どーんと空回りしている。自然体でいいのだ。気配など殺せば、自然からすると不自然なのだどーん!」
「……そっか。俺は最初から間違っていたんだね。完敗だ!」
変に気負う必要などなかったのだ。
自然体で釣りをすれば、自然と魚たちも夏樹に寄ってきたのかもしれない。
「それはそうと、私は海神ポセイドンである! どーん! どーん! ポセイドーン!」
「どうしたの急に!?」
ポセイさんことポセイドンに脈絡もなくカミングアウトされた夏樹は、たまらず叫んだ。
「……向島市って、ビッグネームがたくさんいてなんかこわい」
一登の言葉に心底同意してしまった。