作品タイトル不明
65「やっぱりビッグネームじゃね?」①
「――海が俺を呼んでいるぜ」
「どうしちゃったの夏樹くん? もう海なんだけど」
向島港に自転車でやってきた夏樹は、船着場のビットに足を乗せてよくわからないことを言っていた。
同じく自転車でやってきた三原一登がツッコミを入れる。彼もまた夏樹と同じく完全装備だ。
「いやぁ、なんか昨晩、宇宙船でわちゃわちゃされてから妙にテンション高くて」
「……チップとか埋められていないよね?」
「わかんない!」
「…………」
「…………」
嫌な沈黙が流れたので、無理やり笑って釣りをすることにした。
「さてと、今日はなにを狙おうかなぁ」
「メバルが釣れ出したって聞いたよ。やっぱり夜の方が反応いいみたいだけど、日中でもいけるみたい」
「ほうほう。煮付けだねぇ」
「アオリイカも良い型が残っている話もちらほら聞くよ」
「刺身ですねぇ。アオリイカは甘いんだよなぁ」
「黒鯛も時期だね」
「カルパッチョですなぁ!」
「河口の方だと鱸も釣れてるようだよ」
「洗いですねぇ!」
「……お寿司屋さん行きたくなってきたね」
「本当ね!」
向島の海は魚種が豊富だ。
これから五月になれば鯖が回遊しはじめ、六月の終わりから本格的に青物の回遊もある。夜になれば太刀魚だって狙える。
一年を通じて、足元をさぐれば蛸からカサゴもサイズは望めないが数釣りができる。
少し投げれば、小さなカワハギやシロギスが時期によって釣れることもある。
きっと夏樹たちが気づいていないだけで、この海にも海に連なる神様がいるのかもしれない。
「おーい、なっちゃん、かずちゃん。なんだ、ひさしぶりじゃねえか」
とりあえず場所を決めて五目釣りをしようと考えていると、見知ったおじさんが手を振っている。
「あ、おっちゃん!」
「こんにちは!」
「おう! なんだなんだ、ふたりとも学校サボりかよ」
「時には釣りの方が大事な日があるんだよ」
「……おじちゃんも真面目な生徒じゃなかったけど、学校サボってまで釣りにはいかなかったなぁ」
堂々と平日の午前中から釣りに来る夏樹たちに、周囲のおじさんたちも苦笑いだ。
この辺りで釣りをしている人たちとは、夏樹と一登の持ち前のコミュニケーション能力で釣り仲間になっている。
小学生の頃や、中学生になりたての時は、学校に行きたくなくてよく海に来ていたものだ。
「そういや、最近ポセイさん見てる?」
「あー、ポセイさんは最近顔出してるぞ。おかげで大漁だよ。昨日も来たぜ」
「おおっ! 今日は期待できるな!」
「だね!」
ポセイさんは、少々個性的なギリシア出身の釣り人だ。
夏樹と一登も仲良くさせてもらっていて、春休み前には釣りの後に牛丼を奢ってもらったこともある。
そんなポセイさんが来ると、大漁なのだ。
「おっ、噂をすればなんとかだな。ポセイさんが来たぜ」
おじさんが指差すと、えぐい角度の切れ込みをした海パンの上に、フィッシングベストを装備した体格のいいくせっ毛のブロンド髪を伸ばして後ろでまとめた中年男性が現れた。
「どーん! どーん! ぽーせーいーどーんっ! どーん! どーん! ぽーせーいーどーんっ! いえっ!」
歌なのか叫びなのかわからないが、個性ある登場と共にランウェイを歩くように防波堤を闊歩する人物こそ、向島港の人気者ポセイさんだった。
「いやぁ。懐かしいなぁ。俺の体感だと数年ぶりなんだよねぇ」
「ね、ねえ、ねえ夏樹くん」
「どうしたのよ、一登?」
「今まで気づかなかった俺も俺なんだけどさ」
「うん?」
「ポセイさん……ポセイドンって叫んでない?」
「――え?」
一登の指摘に、ポセイさんの声に耳を傾ける。
「どーん! どーん! ぽーせーいーどーんっ! どーん! どーん! ぽーせーいーどんっ! どんどん!」
「本当にポセイドンって言ってるぅうううううううううううううううううううううううううううう! あとなんか神気持ってるぅううううううううううううううううううう! なんで今まで気づかなかったんだぁあああああああああああああああああああ!」
向島の海と空に、夏樹の叫びと、ポセイさんの声が響いたのだった。