作品タイトル不明
61「記憶喪失なんじゃね?」①
由良夏樹は、異世界から帰還した勇者である。
その力は、異世界の神を殺し、地球に戻ってきてからも名のある神や魔族と戦い勝利するほどだ。
――そんな由良夏樹であるが、現在、銀色の台の上に寝かされて手足を拘束されていた。
「……待って、待ってジャックさん。おかしい、これはおかしい。記憶を取り戻すっていう話になったのに、まるでこれから謎の金属片を埋められてしまうような予感しかしない! ジャックとナンシーがグレイの姿に戻っているのがじわじわくる!」
そう。まるで夏樹は宇宙人に連れ去られた人間のような状況になっていたのだ。
「……やべぇ、俺様ルシファーじゃけど、宇宙船とか初めてでテンション上がるんじゃが!」
「……やべぇ。俺、魔王だけど宇宙船とか初めてで怖くて泣きそうなんだけど」
そして、目を輝かせている小梅・ルシファーと、青い顔をしている魔王サタンも観客のように近くの椅子に座っていた。
「なんでこんなことになったの!?」
――時間は一時間ほど遡る。
■
母の言葉に夏樹は衝撃を覚えていた。
夏樹だけではない。
安倍円との出会いと、彼の亡くなった友人が同名であることを知っている小梅、銀子、ジャック、ナンシー、サタンも同様に驚いていた。
特に銀子は「……記憶喪失からの再会、燃え上がる思い。今年の新作は決まったっすね」と、よくわからないつぶやきをしているが、夏樹はとりあえず放置した。
「待って、ちょっと待って、俺って京都にいたの? マジで?」
「……思い出したんじゃないの?」
「思い出してないけど、なんとなくそんな気がしたというか、変な夢を見たから聞いてみたんだけど……マジかぁ」
(いや、待て、待つんだ由良夏樹よ。勇者は慌てない。京都にいたことがあるからといって、安倍さんの円くんと関係があるわけがないじゃなーい)
いくらなんでもそこまでご都合主義ではないだろうと考える。
「夏樹が十歳くらいの頃、一ヶ月くらいだけど京都にいたのよ。学校もそうだけど、家庭でもいろいろあったから気分転換を兼ねて知り合いの家に住まわせてもらっていたの」
「ぜんっぜん記憶にございません」
「……それは知っているわ。京都で可愛らしい友達ができて、毎日が楽しそうだったけど、急に血まみれで帰ってきてね。なにかとても怖いことがあったみたいで……半年か、できれば数年ほど京都で生活する予定だったけど、急遽、戻ることにしたの」
「俺に何があったんだ?」
「そこがわからないのよ。でも、とにかく怯えていたわ。記憶もあやふやで、パニック状態だったのだけど、数日したら元に戻ったと思ったら京都に来てからの記憶を無くしていたから焦ったのよ」
春子は京都の知人と相談し、病院にもいったようだが、結果としてなにか強いショックを受けたため心の防御をするように記憶を封じたのではないかと言うものだった。
忘れたままの場合もあれば、ふと思い出すこともあるようで、こればかりは医者にもどうなるかわからなかったようだ。
継続的な治療も視野にあったが、住み慣れた街に帰ることを選択した母と夏樹は向島市に帰ってきた。
夏樹は京都に滞在していたことをまるで思い出さず、春子もそのことをなかったことにして数年が過ぎた。
「……一応、聞いておくけど、安倍円って知ってる?」
「夏樹……そこまで思い出したのね」
「うわぉ」
「一度だけご挨拶したことがあるけど、とても可愛らしい子だったわ。記憶を失う前の夏樹は毎日円ちゃん円ちゃんって……結局、ご挨拶もできないまま京都から帰ってしまったのよね。元気ならいいけど」
春子は、アルバムを取り出して京都にいた頃の夏樹の写真をみんなに見せて思い出を語った。
だが、夏樹はそれどころじゃない。
(しっかし、こういうこともあるんだぁ。いやいや、待て待て。俺は生きてるぞ? じゃあ、安倍円の死んだって言う友達はどこの誰だ? そもそも、俺が知り合っていた安倍円は本当にあの子でいいのか?)
夏樹の困惑は続くのだった。