作品タイトル不明
間話「円くんは絶句じゃね?」
――京都某所。
安倍一門の屋敷は京都の郊外にひっそりと存在する。
俗に言う「本家」だ。
ただ、本家に住まうのは安倍家の当主と他老人たちばかりで、安倍東雲や安倍円たちは京都市にいる。
本来ならば、次の当主である東雲はじめ、円たちは本家で修行をしなければならない立場であるが、東雲はもちろんのこと、円も現当主よりも強く、実戦経験があるので放って置かれている。
否、余計な口出しをしないように口を噤んでいるのだ。
「……東雲兄貴のやつ……どこにおるんや」
安倍五兄弟が生活をするマンションで、安倍円が苛立った顔をして長男の東雲を探していた。
兄弟が住むマンションは東雲が、呪われたマンションを破格の値段で買い取ったものだ。十階だてのマンションの最上階に安倍兄弟がそれぞれ部屋を使い、他の階は霊能力者を中心に「こちら側」に理解がある人間に貸し出している。
「東雲坊っちゃまは先ほどお出かけになりましたよ」
「あら、そうなん? まあ、大した用事があったわけやないからええんやけど」
円の部屋のキッチンで料理をしてくれていた中年女性が東雲の不在を教えてくれる。
彼女は、熊崎伍太郎の母であり、円たちの生活を手助けするために雇われている。
熊崎家は安倍一門に属する霊能力者の家系だが、家としては大きいわけではない。また、彼女は霊能力者としては実力がないため、こうして家政婦として仕事をしているのだ。
「熊崎のおかん、熊はどうしたん?」
「伍太郎なら屋上で筋トレ中ですよ」
「……なんでわざわざ屋上いっとるんや。一階にジムがあるやろ」
「太陽の下なら筋肉も育つようで」
「相変わらずの謎理論やな。まあ、ええよ。筋トレの邪魔するのも悪いから、ボクだけで街をフラついてくる。兄貴たちが帰ってきたら、連絡するよう言っといてくれへん?」
「わかりました。お気をつけて」
「あんがと」
熊崎伍太郎は、先日遠野で由良夏樹に股間を蹴られ、一度は女の子になるとかふざけたことを言い出したが、実際大したことはなくすぐに回復した。
ただ、小柄な少年にいいようにされたのが悔しかったらしく、以後身体を鍛えることに集中している。
「ほな、いってきます」
ワンサイズ大きいカーディガンを羽織った円は部屋を出ると、街に出かけた。
少し歩くだけで観光客とすれ違い、あっという間に人々の喧騒の中、ゆらりと街に溶け込んだ。
円のすべきことはひとつ。
妖怪を殺すこと。
遠野の妖怪たちと違い、京都の妖怪たちはタチが悪い。
特に鬼どもは、これだけ人がいればひとりくらい食ってもわからないだろう、と頭の悪い考えで何度も襲う。
そんな鬼を退治し、一掃することを目的としている円は、自らを囮にして鬼に狙わせ、狩るのだ。
少し霊力を持つ一般人として振る舞うことで、美味そうな餌を演じると、馬鹿な鬼はすぐに食いついてくる。
だが、鬼たちの中で安倍家は警戒されているので、餌になればすぐ鬼が出てくるわけではない。
釣りのようなものだ。
「――鬼の気配がするんやけど……なんやこれ?」
観光地を歩いていると、鬼の気配と匂いを鋭敏に感じ取った。
かなり力のある鬼がいる。
しかも、人間に偽装しており、周囲にバレないだけの力を持つのもわかる。
――問題は、その鬼と一緒に兄東雲の霊力を感じることだ。
「……戦っているんわけないか。兄貴と戦って無事に済む鬼はおらん。じゃあ、なんなん?」
ふと、悪い噂を聞いたことがある。
安倍東雲は鬼と通じているのだ、と。
鬼の穏健派と通じ、京都に共存しようと企んでいるらしい。
安倍一門の中の穏健派は、この意見に賛成だった。
だが、過激派は鬼は全て排除である。
尤も、どちらにしても鬼の頭である酒呑童子を倒す、ということは変わらない。
「いくら兄貴でも、ボクん前で鬼と仲ようするなら殺したる」
鬼と兄の気配を追うと、小さな平屋にたどり着いた。
巧妙に気配を隠しているようだが、感覚的に敏感な円にはここに兄と鬼がいることを理解した。
気配を殺して敷地に入ると、家の中を伺う。
すると、
「――しののんやでー!」
「――茨木童子のいばちゃんでーす」
親しげにカメラの前に座る兄と鬼を見つけた。
「……は?」