作品タイトル不明
59「戦いの後はご飯じゃね?」
「今日もお客様が来てくださって賑やかで嬉しいわ。少し手狭なのが申し訳ないですけど、ゆっくりなさってくださってね。あ、お箸使えます?」
「ありがとうございます。故郷でも箸は使っているので問題ありません」
「申し訳ない、お気遣いに感謝します」
由良家では、普段使っている丸テーブルを片付けて来客用の少し大きい長方形のテーブルで鉄板焼きをしていた。
三原家から帰宅した春子が、お茶碗にご飯を盛り盛りよそうと、トールとオーディンに笑顔で手渡していく。
言うまでもなく、雷神トールと、北欧神話の主神格オーディンである。
きっかけは、夏樹に真っ二つにされたトールがオーディンによって復活した後だった。
死にかけていながらトールはあまりにも元気で、「良い戦いをした! 夏樹と俺は友だ! さあ、酒を飲み、食事をしよう!」と誘ってきたのだ。
さすがに母が帰ってくるので「また今度」と断ろうとしたのだが、トールが虚空から肉の塊を取り出したことで話が変わった。
「夏樹と一緒に食べようと思って、日本の高い肉をとりあえず買ってきたのだが……残念だ」
中学生の夏樹には動画内くらいでしかみたことのない上質な牛肉だった。
育ち盛りの夏樹の口から勝手に声が出ていた。
「ようこそ、由良家へ!」
そして、現在。
帰宅した母に、日本に遊びにきた観光客の親子が道に迷っていたので連れてきた、という苦しい話を夏樹がすると、さすが母だけあって笑顔で迎えてくれた。
オーディンとトールは日本に関係者が経営しているホテルがあるようでそちらに泊まるとのことだが、その話を聞いた母が「せっかくだからお食事でも」と誘い、夕食となった。
サタンとジャックも帰宅していて、今夜は賑やかだ。
せっかくなので母に許可をもらって一登に電話をしてみると、親戚連中はもう帰宅したので来れるとのことだ。一登の両親も夏樹が気遣いをしていると思ったのだろう。電話を代わり挨拶をすると、母に代わって話をし、一登も夕食を一緒にすることとなった。
「では、春子しゃん、お疲れ様でした! かんぱーい!」
なぜかサタンが音頭を取り、それぞれがビールと烏龍茶で乾杯した。
大人はビールで、夏樹と一登は烏龍茶だった。
まず鉄板で焼かれたのは、トールが買ってきた牛肉だ。
A5という言葉が聞こえてきたが、夏樹は用紙の話かな、と首を傾げた。
だが、銀子と一登はわかったようで、ごくり、と生唾を飲み込んだ。
夏樹だけではなく、一登と銀子も見た目だけでご飯が食べられそうな美味しそうな肉を分厚く切ってもらって贅沢にステーキにするなどしたことがない。
肉を丁寧に焼くのはトールだ。
スポーツウェアをおしゃれに着こなしたトールは、器用にトングを使うと肉の表面を綺麗に焼いていった。
さすが北欧の神。お肉の扱いはお手のものだ。
紳士であるトールは、まず家主である春子の前にステーキを置いた。
「私が一番でいいのかしら」
と、戸惑いながら、母は嬉しそうにお肉を食べてうっとりしていた。
続いて、夏樹と一登の前に肉が置かれ、銀子と小梅、ジャックとナンシー、そしてオーディンとサタンで、最後にトール自身の分と焼いていった。
「いただきます!」
「いただきます!」
夏樹と一登は、トールに向かって手を合わせると、彼は嬉しそうに「たくさん食べてくれ」と笑ってくれた。
遠慮なくいただくことにした。
ステーキだれも用意してあるが、夏樹と一登はちょっと大人ぶって、まずは肉だけを口に入れた。
「――っ」
「んんん!?」
口の中で肉が溶けた。
肉独自の甘さが口一杯に広がり、まるで牛とキスをしている錯覚さえ覚えた。
「や、やばうま」
「これは、贅沢すぎるよぉ」
続いてお塩でいただく。
肉の甘みが、塩によってより引き立った。
さらに醤油とわさびでいただくが、これもいい。
もう肉が良すぎて何で食べても美味しい気がしてきた。
最後に、トールが即席で作った、ニンニクベースのステーキダレでいただいたがこれも最高だ。
他に言葉が出てこない。
気づけば、普段は一杯のご飯を二杯食べていた。
「あー、ビールが進むんじゃあー」
「最高っすね!」
小梅と銀子はお米を食べず、肉とビールだ。
トールは肉に続き、野菜とおかわりの肉を焼いている。
時々、自分の分の肉を食べると、ビールを味わっている。
オーディンとサタンは、肉に舌鼓を打ちながらすでにビールを一缶開けて赤ワインを開けている。母もしっかりご相伴に預かっていた。
ジャックとナンシーはかつてない牛肉の美味しさに目を丸くし「……故郷で飼おう」となにやら決心をしていた。
――まるで命を賭けた喧嘩などなかったように、由良家の食事はいつも通り楽しかった。