軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56「雷神様と喧嘩じゃね?」④

雷神トールの一撃は、夏樹の意識を一瞬ではあるが飛ばした。

その僅かな一秒にも満たない刹那の時間は、トールにとって攻撃のチャンスであった。

「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

夏樹の一撃はトールの顎にヒビを入れたが、そのくらいで雷神の動きは止まらない。

このまま夏樹を潰してしまう勢いで、拳の乱打を繰り出していく。

雷神の一撃は、歴戦の戦士を絶命させるに十分な力が込められている。

ただの人間では一撃が掠っただけでもまるで車に撥ねられたように吹き飛び、そのまま命を失うだろう。

霊能力者、魔女、魔法使い、先祖返り、そんなもの関係なく人間ではまず逆立ちしても勝てない。いや、違う。勝とうとなど思えない。そもそも戦うなど以ての外であり、対峙しただけでもトールの神力と圧迫感で死んでしまうだろう。

そんな雷神トールと対峙しただけではなく、何度殴りつけられても踏ん張って倒れずにいる夏樹は――人間でありながら、人間の規格を逸脱していると言っても過言ではなかった。

「素晴らしい! 素晴らしいぞ、夏樹! 防御に徹しているとはいえ、俺にこれだけ殴られて生きているのも、原型を留めているのもありえん!」

夏樹は返事をする余裕はなかった。

すでに両腕は砕け、鼻は折れ、肩の骨も、肋骨も何本かへし折れている。

呼吸すら辛く、このまま倒れてしまえば楽になるだろう。

攻撃に転じた瞬間、トールの圧倒的な力で潰されることがわかっているので、防御するしかないのだ。

だが、このままではジリ貧だ。

(……だんだんイラついてきたぞ。なんで俺がこんなに殴られないといけないんだ。神々のサインとビデオレターだけじゃ割に合わねえ!)

「反撃がないのは残念だが、仕方があるまい! 楽しい時間は、いつかは終わる! 良き思い出として俺の胸に刻んでおこう! ――さらば、由良夏樹!」

今までにない雷を秘めた黄金の拳がトールから放たれ夏樹の顔面に向かう。

直撃すれば、現在の夏樹ならば首から上が潰れてしまうだろう。

――現在の夏樹なら、ば。

いつの間にか折れた腕を治していた夏樹は、トールの岩のような拳を右手ひとつで受け止めた。

「……なん、だと」

「ぼんぼん、殴りやがって。もう後先なんて知ったことじゃない、これからは俺のターンだ」

「ほう」

「――六割だ」

夏樹の中で何かが焼き切れるような音がした。

次の瞬間、今までの比ではない魔力が爆発し、夏樹の肉体から蒼い雷が放出し、火花が散る。

「――な」

「三分で殺してやる。――雷塵拳」

夏樹の左拳がトールの右脇腹に突き刺さり、爆ぜて雷鳴を轟かせた。

「かっ、はっ」

腹部の一撃は、トールの腹を貫通して背中から一筋の雷の閃光となって放出される。

腹部を抑え、血を吐き出したトールは、自分に何が起きたのか理解し笑った。

「――凄まじい。まるで父オーディンのようだ」

「そりゃ、光栄だ」

トールが拳を振るう。

が、迎え撃った夏樹の拳が雷神の拳を砕き、そのまま力押しで顔面に直撃した。

その場に数回転して、地面に落ちたトールが動くよりも早く、夏樹の蹴りが雷神の顔面を捉え、まるでボールのように蹴り飛ばされる。

地面スレスレを飛んだトールの進行方向に雷の如き速さで移動した夏樹が、容赦なく足を踏み下ろした。

なにかが砕ける音が響く。

夏樹の足はトールの胸の上に乗せられていた。

鎧が役に立たず、あらわになった逞しい胸板が夏樹が放つ雷によって焼かれていく。

トールは夏樹の足を退けようと両手で掴むが、少年のか細い足はびくともしなかった。

夏樹の足に力が入り、肋骨が砕け肺が圧迫される。

必死で抵抗するトールではあるが、夏樹の方が力が上だった。

雷神の口から鮮血が溢れ、彼の顔や喉を染めていく。

そんなトールを見て夏樹は楽しそうに嗤い、さらに足に力を込めた。

「……やめた」

だが、なにを思ったのか、夏樹はトールの胸から足をどかした。

そして、数歩後退する。

「なぜだ?」

力なく立ち上がるトールは、満身創痍だった。

彼の顔に表れているのは、怒りだ。

あのまま続けていれば夏樹が勝っていたはずが、手心を加えられたと思ったのだ。

それは、戦士にとってあまりにも侮辱。

「なに怒ってんだよ。そんなこといいから、早くハンマー出せよ」

「――なに?」

「俺はさ、全力で勝ちたいんだよ。なに十八番を出さずに負けようとしているんだよ。雷神だけど、あんたにとってハンマーは最高の武器だろ。なら、出してから負けろよ」

トールの顔から怒りが引いていく。

代わりに出てきたのは、歓喜だった。

「父オーディンよ、そして由良夏樹よ。この戦いができたことに最大の感謝を」

「こっちも礼を言うよ。――こっちの世界での力の使い方を今まで以上に覚えた。俺はまた力を取り戻したぜ」

夏樹は雷を引っ込め、聖剣にコンタクトを取った。

(もしもーし、聖剣さーん。そろそろ出番だよー)

(……なによ、勝手に戦ってればいいじゃない)

(ふざけんな。お前は俺の力だ。逆らうな。俺が必要とすれば、力を貸す。それが約束だろ)

(――う)

(それとも、お前は雷神にビビってんのか? 向こうの世界じゃ雷の神様みたいに崇められたのが、こっちじゃビビるのか?)

(そんなわけないでしょ! いいわっ! 使いたきゃ使いなさいよ! だけど、今のあんたじゃ、私の全ては使えない! それは変わらないんだからね!)

(それでいいさ。それで十分だ)

(ふんっ、あんな雷神に負けたら許さないんだからねっ!)

聖剣はそう言い残して静かになった。

「さあ、やろうぜ。俺の聖剣はツンデレさんでな。素直に力を使える内に、決着をつけようぜ」

夏樹の右手に雷を凝縮した剣が握られる。

「ああ、そうしよう。このトール! 全力を持って力を振るおう!」

トールの右手には、無骨な短い槌が握られた。

「――神殺しの時間だ! ――雷塵・神鳴りの剣」

「全力を持って応えよう! ――ミョルニルっ!」

異世界の勇者の聖剣と、雷神の槌が激突した。