作品タイトル不明
55「雷神様と喧嘩じゃね?」③
「おおー、これはすごい! というか、痛い!」
トールが放った雷は、夏樹の肌を焼き、抉っていた。
Tシャツの至る所が破け流血しているのがわかる。
「……五百円のTシャツでよかった」
夏樹はまだ軽口を叩く余裕はあったが、魔力消費を抑えるために回復魔法を使わないことにした。
(ここからが本番か)
雷神トールを相手に「様子見」はしたくないが、聖剣のバックアップなしで現在出せる力は全盛期の五割が限界であり、制限付きであるため、向こうがいくら力を上げたとしてもこちらはまだこのままでいくしかない。
(できることなら全力で戦いたかった)
由良夏樹は異世界に呼ばれただけの勇者であり、戦士でも騎士でもないが、雷神トールを相手に全力を出せないことが、悔やまれた。
(それでも俺が勝つけどね!)
負けるつもりはない。
喧嘩に負けるのなんて絶対に嫌だった。
「――待たせたな、夏樹」
「ああ、待ったさ」
赤いマントを靡かせ、黄金の雷を纏う雷神トールがそこにいた。
夏樹が想像していたよりも数倍強い力を感じる。
叢雲剣を抜く前の素盞嗚尊とほぼ同等であり、マモンより強いことは間違いない。
知らぬ間に、夏樹の額から汗が一筋流れた。
「久しぶりにいい戦いができそうだ。戦いがないことはいいことではあるが、戦士には少々退屈ゆえ――楽しませてくれ!」
走ることもせず、飛ぶこともせず、跳躍もしない。
雷神トールは、ただ真っ直ぐに夏樹に向かって歩いてくる。
「さあ、殴り合おう。ルールは簡単だ。死んだ方が負けだ!」
「……そういえば、雷神トールって激情家ってどこかで読んだことがあるな。平和ボケしていた神だったのに、スイッチ入っちゃったみたいだね」
夏樹も真っ直ぐに雷神トールに向かって歩く。
三割しか力は出せないが、現状で引き出せる雷を纏い拳を握る。
「良い雷だ」
「あんたもな」
逞しい巨漢である雷神トールと、細身である小柄な夏樹が足を止めた。
トールは見下ろし、夏樹が見上げる。
肉体的には夏樹のほうが不利に思われた。
いや、内に秘めている力も、トールの方が上かもしれない。
だが、そんなことは夏樹が引く理由にならなかった。
「さあ、戦おう! 由良夏樹! 乾いた俺を、楽しませてくれ!」
「あんたの真っ赤な血で潤してやるよ!」
雷神と勇者の雷を纏った拳が互いの顔面を捕らえた。