作品タイトル不明
29「とりあえず疲れたんじゃね?」
「あの小僧……確か、三原優斗だったか? 夏樹もそうだが、春子さんも家族ぐるみの付き合いだったようじゃないか。俺はあんな小僧が死のうとどうでもいいんだが、きっと春子さんはさぞかし傷ついているのだろう。――俺の出番じゃないかって、止めるルシフェルをぶっ飛ばしてこうして来たわけよ」
「ルシフェルさーん!」
破天荒な父親のせいで間違いなく苦労しているであろうルシフェルに、夏樹は涙がこぼれそうだった。
「おどれはいい加減、仕事せいや!」
「――ぬがっ!」
小梅が背後からサタンの頭頂部にかかと落としをすると、魔王は変な声を上げてちゃぶ台に突っ伏した。
布巾を持った小梅は、父親を蹴り飛ばしてどかすと、消毒液を取り出して「加齢臭が消えんのじゃが」と念入りにテーブルを拭き始める。
「……加齢臭なんかしないから! 俺はフルーティーな香りで有名なんだぜ!」
「そんな体臭は逆に嫌だなぁ。というか、お母さんはまだ三原家でお手伝いしているから帰ってこないよ」
「そうなのか。じゃあ、今日は夏樹と遊んじゃおうかな。近所に可愛い子がいるお店があるんだけ――あ、なんでもないです」
小梅がバチバチと光の槍を掲げ、銀子が魔剣太郎を抜いたので、慌ててサタンは口を閉じた。
「んじゃ、真面目な話をするとしようか。――まずは、素盞嗚尊と喧嘩して勝ったようだな」
「まあね。でも、向こうは絶対本気じゃなかったね」
「ちょっくら覗いていたが、かなり本気だったと思うんだがな」
「殺意がないじゃん。いや、あったけど、こう敵を倒すとか、憎い相手を倒すとかそういうのがなかったからなぁ」
「そういう意味では夏樹だってなかっただろ?」
「いやいや、俺はそういうのなくても全力で殺せるから。異世界で鍛えたから」
「……異世界こわい」
夏樹としては、素盞嗚尊自身が潔く負けを認めているので、勝利を受けいれている。
ここでああだこうだ言うのは、全力で戦った相手に失礼だからだ。
「個人的には素盞嗚尊は調子乗ったおっさんだから、夏樹に負けてすかっとしたけどな。さすが息子だ!」
「いや、息子じゃないから」
「はははは! 小梅の婿になるのなら――あ、はい。パパは余計なことは言いません」
夏樹は困った顔で、へらっとした笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。
別に夏樹は鈍感系難聴を患っていないので、サタンの言葉を理解していた。
そもそも、先日小梅からちゃんと告白されているのだ。
正直に言うと、夏樹は小梅が好きだ。
無論、異性としてだ。
だが、同じくらい銀子だって好きでもある。
さらに言うと、自分の「好き」という感情が、愛情なのかはわからない。
異世界で何年も過ごしているので精神面で成長したと思われているかも知れないが、夏樹は異世界で心を殺していた。
否、心が一度死んだ。
死んだものは成長できない。
夏樹は機械的に、敵として立ち塞がった魔族や人間をすべて平等に殺し尽くした。
そんな環境下に何年もいた人間の心が、恋や愛をちゃんと認識できるはずがない。大人に成長できるはずがない。
夏樹が唯一、感情を動かしたのは――地球に帰れるとわかった時だけだった。
その後のことは、怒涛の日々だった。
祐介のようにトラウマに怯える暇もなく、暖かい家族と友人たちに囲まれて幸せなので、心は守られている。
――だから、今の幸せが壊れないだけでそれでいい。
――それだけでいいのだ。
■
――その後、サタンはあっさり話題を変え、そのまま飲み会となった。
意外と疲れていた夏樹は、ふらつく足に力を入れてなんとか部屋に戻ると、ベッドに倒れるように眠った。
――そして、数年前の夢を見た。