作品タイトル不明
19「また安倍さんじゃね?」
「こんにちはー。自分は安倍東雲といいますー。弟がなんかすんません。安倍家としては、遠野の妖怪さんたちと揉める気はないんですぅ」
間伸びした声で音もなく現れたのは、二十代後半の男性だ。
クラシカルな黒いスーツに身を包み、同じく黒い手袋をはめていた。白髪頭は、耳の上で綺麗に切り揃えられていて、温和な笑みを浮かべている。
だが、夏樹にはその笑顔が作り物のように思えた。
「いやー。邪魔してすんません。戦いに水を差すなんてことしたくなかったんですが、自分的には可愛い弟を殺されたらあかんのでー。すんません。すんません」
ペコペコと頭を下げながら、青年は夏樹たちの近くにまで歩いてきた。
腰が低く感じるが、卑屈な印象は一切ない。また、敵意もなにも一切持っていないようだった。
(……また面倒臭いのが来たな。こいつは、強いぞ)
夏樹が異世界から帰還してから『強い』と思える人間に会った。他にも小林蓮という天性の霊能力と身体能力を持つ強者とは出会ったが、夏樹的には脅威ではなかった。
だが、安倍東雲と名乗った青年は違う。実に、面倒臭そうで、強そうだった。
場所が場所でなければ、戦っていたかもしれないが、事前にぬらりひょんから力を出しすぎないようにお願いされていたので、今はその時ではないようだ。
遠野の妖怪の里は、隠れ里である。人間が誤って入ってこないように、また霊能力者からも見つからないように、いくつかの結界などで覆われているそうだ。
それでも、円たちのように見つけて入ってきてしまう人間もいるようだが、結界があるとなしでは全く違うらしい。
そんな結界だが、夏樹の力には耐えられないようだ。そのため、神や魔族と戦ったような力を出さないでほしいとぬらりひょんから念入りに頼まれている。
なによりも、里には力の弱い妖怪が多数暮らしていた。夏樹の力の出し具合によっては『当てられた』だけで痛手を受けてしまう可能性があるようだ。
夏樹が安倍東雲を警戒するように、ぬらりひょんも、千手と祐介も警戒を見せていた。
円は白けた、とばかりに夏樹から距離を取る。
「こら、円もちゃんと謝罪せんと。あ、これ、お土産の八つ橋です。よかったらどうぞー」
どこからともなく包み紙に包まれた菓子を取り出し、配り始める東雲。
夏樹も受け取ると、さっそく包装用紙を破って中身を食べ始める。
「おい、こら、由良! 毒でも入ってたらどうするんだ! おい、もちゃもちゃしてんじゃねえよ、あ、飲み込みやがった!」
「俺に毒とか効かないからへーきへーき」
「そう言う問題じゃねえよ!」
躊躇いなく八つ橋を食べ始めた夏樹に、千手が怒鳴る。
警戒心がないと思える夏樹ではあるが、毒に対する抵抗力もかなりあるので気にしていない。
かつて異世界で、とある貴族が勇者である夏樹を支持していた貴族の発言力が増したことを妬んで、毒を散布したことがある。その貴族を含めて、全ての人間が死んだが、夏樹だけは毒が効かずに生きていた。
夏樹を鍛えた老人曰く、毒関連に強い抵抗があるらしい。
「いや、久しぶりの八つ橋だから、つい」
「ついじゃねえから!」
「嫌やなー。毒なんて入れませんてー。そんなことして、何になるんのー?」
「胡散臭え顔したやつが何言ってんだ!」
「ほんまに毒なんて入ってへんよー。京都駅で買ってきただけやからねー。それに、自分は平和主義なんよ。だから、なんもしてない妖怪さんになんかするつもりもないし。円くんと熊ちゃんも連れて帰るし、ええやろ?」
笑みを絶やさない東雲ではあるが、円たちを連れて帰るとはっきり言った。
「……弟さんは、この場所を正確に知っちまったんだがなぁ」
ぬらりひょんが、窺うように言う。
「あらら、そうすると自分も知ってもうたし、口封じでもするかー?」
「しねえよ。人間じゃねえし。また結界を張り直せばいい。そのくらいの余裕はある」
「じゃあ、それで頼んますー。自分ら安倍は遠野の里に二度と立ち入らんと約束するからー」
「そりゃいい」
「んじゃ、自分らはこれでー。あ、待ち待ち」
東雲は熊崎に一枚の符を投げると、うずくまって動かない巨体がその場から消えた。
「転移符か。珍しいもん持ってるな」
「自家製やでー」
「……さすが安倍一門か」
千手に対し、やはり笑顔のまま飄々としている。
東雲は千手に返事をしながら、興味深そうに夏樹の顔を覗き込んだ。
「なに?」
「君……京都に来うへんー?」
「なんで?」
「一緒に鬼退治しようやー。あ、誤解せんといてなー。自分は妖怪全部ぶっ殺すとかはせんよ。あくまでも人に害なす妖怪を退治するん。普通の霊能力者と同じことするだけやから」
「京都には興味があったけど、もういいよ。俺は遠野でエンジョイするから」
「あららー。振られてもうたー。まあ、ええか。これ、自分の連絡先やでー。気が変わったらいつでも連絡ちょうだいねー。そっちのサングラスの君も、そっちの君も。遠野と違って、京妖怪は滅ぼすべき悪であることを教えてあげるから、いつでもおいでやすー」
東雲はそう言うと、夏樹たちに背を向けて円の肩を叩いた。
次の瞬間、何枚もの符が音を立ててふたりを包み込んでいく。
「――由良夏樹。妖怪は悪や。それだけは覚えとき。でも、もう二度と会いたくないわ」
「ほなさいならー」
円が夏樹を睨み、東雲が笑顔で手を振って、ふたりは消えた。
「勝手に来て勝手に帰りやがった。次があったら安倍一門はぶっ飛ばそう。うん。でも、面倒臭い予感しかしないからもう会いたくないなぁ」
夏樹の呟きに、千手、祐介、ぬらりひょんが同意するように大きく頷いた。
■おまけ■
その頃、神奈征四郎さんは。
「ちーっす、主人どのちーっす! 俺は神剣十束剣じゃーん! いえぇーい!」
「……なんだこれは夢かな? 私は鍛錬後に少し仮眠を取っていたんだが……なぜ金髪で遊んでいそうな青年が私の前にいるのだろうか。あと、気のせいか、このアロハシャツの青年が十束剣を名乗った気がするんだが」
「細かいことは気にしちゃだめっしょ! それにしても主人どのは人気もんだねぇ。まさか家から追い出した元婚約者で弟の嫁である女の妹からアタックされちゃうなんて。俺も剣業界じゃ、ちょっとした人気もんだけど主人どのほどじゃねーっすわ。感服したっす! あんなすさすさうぜえおっさんとは違うねぇ!」
「……あ、夢だ。夢夢。お願いだから、夢だと言って!」
「実は、主人どのの夢にこっそり入っちゃったのは、お願いがあるんですよねー」
「お願い?」
「そうそう、お願いっす! 実はっすね、俺たちをもっと使ってほしいなーて」
「……わかっている。神剣にふさわしい腕になってから」
「いえいえ、ちょーっと、違うんすよ。自分ら、道具っしょ! ガンガン使ってほしいんすよ! あの素盞嗚尊は俺っちを物干し竿にしてましたからね! 舐めんなって感じっしょ。だから真の主人である主人どのには腕とかそんなんじゃなくて、もりもり使ってほいんすよ。ほら、自分修復機能もあるできた剣なんで、刃こぼれしたって平気ですし? なんなら折られても余裕っていうか?」
「だが、それでいいのだろうか?」
「まー、自分的にちゃんと使ってさえくれればいいんですけど、あっちがどう言うんだか」
「あっち?」
「わたしをつかってくれないところすころすころすころすころす。いちばんだいじにしないところすころすころすころす。名前つけてくれないところすころすころす」
「なんか前髪を髪で隠した幼い感じの子がこっちを見て怖いこと言ってる!」
「月読様が主人どのに託した神剣っすね。まあ、気軽に使ってやってくださいな! んじゃ!」
「待て、気軽に使っていい雰囲気ではないんだが、おい、こら……ま」
むくり、と夢から覚めた征四郎が青い顔をしてぶるりと震えた。
「とりあえず名前辞典買ってこないと」