作品タイトル不明
16「ぬらりひょんの力じゃね?」
口をぱくぱくさせてその場に崩れ落ちた熊崎を素通りし、夏樹は少年――安倍円の前に立った。
「なんなん君?」
「そっちがなんだよ? 妖怪さんたちの里に、勝手に入りやがって。今日は俺たちの貸切なんだよ」
「……安倍円や。安倍と聞けば、わかるやろ」
「…………」
「わかるやろ?」
「…………あー、はいはい。小学校の時、掃除中に箒で野球して女子に怒られた安倍くんか! うわぁ、懐かしいな。元気してた?」
「誰やねん、それ!」
「え? 本当に誰?」
円は、イラついたように髪を掻きむしると、夏樹を睨んだ。
「京都の安倍一門や。ボクは、安倍本家の三男。安倍円や」
「……もしかして、めーせー的な?」
ちらり、と背後の千手と祐介を見ると、ふたりは「うんうん」と頷いた。
「いやー、これは失礼しました。まさかめーせーさんの子孫様とは思わず。まったく、なっちゃんったら、早とちりさん! それでそれで、安倍様は妖怪さんの里になにをしに?」
「本当、よくわからん子やね。まあええわ。ボクは妖怪を式にするために捕らえにきたんよ。京妖怪は今面倒なことになっとるから、強い式が必要なんよ。君もこっち関連なら、京妖怪が面倒なんはわかるやろ? 妖怪を式にして使い潰したって、親玉まで届かんのよ」
「……もしかして、河童さんを式として使い潰そうって言うのか? それなら、いくらめーせーさんのご子孫でも――殺すぞ」
僅かにミーハー丸出しにした夏樹であったが、円の言動は受け入れることができなかった。
敵意剥き出しにして魔力を高めると、魔力の風が唸り円の前髪や服が煽られる。
「まあまあ、なっちゃん。落ち着きな。おじちゃんとも、こちらの京都の霊能力者と話をさせてくれねえかな」
「……なんや、あんた」
「おう。挨拶が遅れたな。俺はぬらりひょん。この辺の妖怪のまとめ役だぜぇ」
ぬらりひょんが、夏樹の背を叩き、円との間に割って入った。
「あんたがぬらりひょんか。伝承やなんかとは違うんけど、ちょうどええ」
「まさか、お前! ぬらりひょんのおじいちゃんを式にするつもりか!」
夏樹が庇おうとするが、円は冷静に首を横に振った。
「あんな、真面目な話をするんけど、人様の家に勝手に上がって主人のように振る舞って飯を食う妖怪を式にしてどう戦えっていうんか?」
「……えっと、敵の妖怪さんの家に送り込んで、ご飯を全部食べさせて食糧難にするとか?」
「ほんまに言っとるん?」
夏樹は言葉に詰まる。
悔しいが、ぬらりひょんがどうやって戦いに活躍するのか想像できなかった。
「はっ、あんたもわかってないな! 仮にも妖怪の総大将だぜ! おじいちゃん、本来の力を見せてやんなよ!」
「いいだろう。他ならぬなっちゃんが言うなら、おじちゃん――本気出そうかねぇ」
刹那、ぬらりひょんの妖気が高まった。
その妖力は凄まじく、かつて夏樹と戦った水無月家が祀る土地神みずちを、神力と妖力の違いがあるが、力という意味では超えている。
続いて、ぬらりひょんの外見にも変化があった。
今までは気やすい感じの着流姿の老人だったのが、艶やかな黒髪を伸ばした長身の青年へと姿が変わっていく。
「ふう。やれやれ、この姿になるのも久しぶりだな、ぬらぬら」
「――かっけぇ! かっこいいよ! おじいちゃ……いや、お兄さん!」
「よせやい。まあ、こんな感じだ」
「それでそれで?」
夏樹はワクワクした。
妖怪の総大将とも呼ばれるぬらりひょんがどんな力を持っているのか、楽しみでしょうがない。
千手と祐介も固唾を飲んで見守り、円でさえ静かに見守っている。
「それでそれで!?」
「…………」
「それで!? それで!?」
勿体ぶっているのか、ぬらりひょんは沈黙を続けている。
「ちょ、おじいちゃん!? 焦らさないで!」
夏樹が辛抱できずに尋ねると、気まずそうな顔をしてぬらりひょんは小さな声を絞り出した。
「いえ、あの、これだけです。若返るだけです。なんか、すみません」
「使えねぇえええええええええええええええええええええ!」
夏樹、千手、祐介、円、そして遠巻きに見守っていた妖怪たちが叫んだ。