作品タイトル不明
エピローグ「変な夢じゃね?」
「ねえねえ、なっちゃん! なっちゃんと私は結婚するんだからね、約束だよ!」
どこかで聞いたことのある懐かしい声が、俺を呼んでいるのだとわかった。
しゃがんでいた俺は顔をあげるが、太陽の日射しのせいで彼女の顔は見えなかった。
――ああ、夢か。
「なっちゃんさ、あの子とあまり関わらない方がいいよ。あの子は絶対になっちゃんのことを嫌な思いにさせるから」
「うん」
少女は、麦わら帽子を被った水色のワンピースを着ていた。
どれだけ集中しても、少女の顔は見えない。
「なっちゃんのいいところは私だけが知ってればいいの。あんな子たちに、なっちゃんが無理して優しくする必要ないんだからね」
「うん。大丈夫」
「もうなっちゃんはお人好しだからなぁ。この間も、あの子に悪口言われているのにへらへらしてさ。あとで私がぶっ飛ばしておいてあげたけど、ああいう子は自分がしていることの自覚がないもんね」
やはり少女の顔は見えない。
だけど、彼女の声を聞いているだけで、涙が出そうになるほど懐かしい気持ちが胸に溢れてくる。
だというのに、俺はこの子の名前も顔も思い出せない。
「なっちゃんのことは私が幸せにしてあげるからね」
「うん」
「もうっ、さっきからうんうんばっかり! ちゃんとなっちゃんも言葉にしてよ」
過去の俺は彼女にそう言われて、恥ずかしそうにもじもじしながら嘘偽りのない気持ちを述べた。
「――ちゃん、大好きだよ」
「うん! 私もだよ、なっちゃん!」
ジリジリと暑い夏の日。
蝉の喧騒と、太陽から注ぐ燦々とした日の光を鮮明に覚えているのに、どうしても彼女のことを思い出せなかった。
そのことが悲しくて、申し訳なくて、泣きそうになる。
そして、世界は暗転する。
夢から覚めるのだと理解した。
「大丈夫。必ず迎えに行くからね」
ベッドの上で目を覚ました夏樹は、うっすらと寝汗をかいていることに気づき、不快感を覚えて起き上がる。
できれば二度寝をしていたかったが、はっきりと目が覚めてしまったのでやめておくことにした。
「ふわ。変な夢を見た気がするんだけど、思い出せない」
夢の内容を思い出せないことはよくあることだ。
しかし、夏樹は胸に切なさを覚えていた。
「……なんだろ、この気持ち。まあ、いっか」
窓を開けて空気を部屋に入れると、うーん、と伸びをする。
「今日は学校行こう。月読先生にもくるように言われてたし。よく考えたら、異世界から帰還してから学校まともに行ってないじゃん」
あまり授業をサボると成績に関わってきてしまう。
仮にも夏樹は受験生である。
ファンタジー相手に戦っている場合ではないのだ。
部屋を出て茶の間に向かうと、すでに住人たちが集まっていた。
昨日、三原家に泊まった母の姿はまだない。
「おはようっす、夏樹くん」
「頭ぼっさぼっさじゃぞ。洗面所でしゃきっとしてこんかい」
「おはよう、夏樹。今日もいい朝だな」
「おはようございます、夏樹くん」
「おはようさん。朝ごはんできてるぜ、ぬらぬら」
「うん、みんなおはよーございます」
家族に挨拶をして、洗面所で身だしなみを整えさっぱりする。
丸テーブルに六人で座り、美味しい朝食を摂った。
「今日は学校に行こうかなぁ」