作品タイトル不明
59「千手さんの過去じゃね?」①
「あー! 楽しかったのを通り越してなんかすごかった! もう、気軽にざまぁ目的で遊びに来るのはやめよっと!」
向島市に戻ってきた夏樹は、うーん、と背伸びをして疲れた身体を動かしほぐす。
気づけば、昼過ぎになっていたので、みんなで冷やし中華を食べて、お腹はいっぱいだ。
すでに学校に行く気分ではなくなった夏樹は、どこかに遊びに行こうと提案したのだが、祐介は家族から「どこに行ってるの?」と連絡が来てしまったので一足先に帰宅した。
さすがに散々家族に迷惑をかけていたので、慌てて帰って行った。
「この埋め合わせは必ずするね!」と言い残した祐介は、先日出会った時に比べてとても元気になっている。
異世界の被害者が元の日常を取り戻しつつあることにホッとする。あとは、心の傷が癒えることを願うだけだ。早くリリスさんからの紹介が来ることを祈ろう。
ちなみに、征四郎は一緒に帰ってきていない。
絶縁宣言をしていた父親は母によって家から叩き出されていなく、元婚約者も弟もいなくなったので、母をひとりにするのもどうかと思われ、征四郎は泊まる事となった。
神奈家当主となった妙子は、「今回のお礼は必ず」と最後まで頭を下げたが、夏樹たちは「気にしないでください。また浮気者がなにかしようとしたら呼んでくださいね。ざまぁ、見にきますから」とイイ笑顔を浮かべて手を振った。
礼央と朱美の息子とはついに会わず終いだったが、さすがに子供と会って気まずい思いはしたくなかったので、その辺は征四郎に任せることにした。
「それにしても、ふざけた奴らだったな。名家っていうのは、どうしてああも同じような奴らばっかり量産されるんだろうな」
河原に移動した夏樹たちは、それぞれ寝転んだり、蝶々を追いかけたりとしている。
夏樹と千手は寝転んだまま空をぼうっと見ていた。
「水無月家って普通だったけど?」
「いや、堕ちた神に人身御供を捧げていた家が普通のわけねえだろ」
「……確かに」
「雲海のババァや星雲のジジィなんて院の中じゃ結構やり手で有名でな。あのふたりがいたからこそ、水無月家のみずちが堕ちても院での地位は揺るがなかったんだ」
「へぇ」
星雲はさておき、雲海に至っては、今では天照大神付きの愉快なおばあちゃんになっているので、なかなか想像しにくい。
なんだかんだと水無月家のために、頑張っている人なのだとはわかるが、いまいちその光景が浮かんでこなかった。
「まあ、マシかマシじゃないかと聞かれたら、マシなんだけどな。それでも、水無月茅の旦那がいねえだろ?」
「そういえば、いなかったね」
「あれもまた厄介なおっさんでなぁ。政略結婚だったのに、なぜか水無月茅が自分に惚れ込んでいると勘違いして、水無月家の当主をまかせろなんて言い出したんだ」
「うわぁ、痛々しぃ」
「お前さんも知ってるだろうが、水無月茅はみずちと好い関係だった。そのことにショックを受けた旦那は、外に女を作るが、全部バレて立場をなくして……入婿のすることじゃねえよなぁ。実家からも勘当されて、どっかに消えちまった」
「都さんのお父さんひでぇ!」
きっと遊びに行ったとき、水無月家の旦那さんがいたら、話がこじれていた可能性も大いにある。
いなくてよかった、と心底思った。
「千手さんはいろいろ知ってるねぇ」
「まあな。神奈朱美が言ってただろうが、俺は七森家っていう旧い家の出なんだよ。家同士も繋がりはあるし、院にも長くいるし、派閥争いなんかで知りたくもない話も入ってくるからな。ま、俺は俺でできそこないだから、七森家とは関係ないんだが」
「……そういえば、あの浮気女もそんなこと言ってたね。聞いていいのかどうか悩むんだけど」
よく思い返せば、七森千手という男の背景をあまり知らない。
出会いは最悪だったが、こうして話してみると気さくで面倒見のいい兄ちゃんなので、気にはならなかったのだが、神奈家で朱美が彼のことを口汚く罵ったことで気にはなっていた。
「まあ、別に隠すことじゃねえかな。俺は、七森家の当主が外で作った愛人の子なんだよ」
「爆弾発言きちゃったー! 神奈家もそうだけど、中学生には重いよ! 二杯目のラーメン並みに重いよ!」
「中坊ならそれくらい余裕だろうに」
卑屈な様子など一切見せることなく、カラッとした笑顔を千手は浮かべた。