作品タイトル不明
41「ようやく終わったんじゃね?」
二度、聖剣に斬られ地面に落ちた素盞嗚尊だが、大の字に倒れながらまだ生きていた。
凄まじい生命力は、さすが名のある神だと感心する。
同時に、いくら聖剣が力を貸してくれていたとしても、根本的に夏樹の力が弱いゆえに、素盞嗚尊を上回れたのは一瞬だった。
現在の限界は五割。そこに、聖剣が少し力を貸してくれて、一割追加だ。
せめて、夏樹自身の力が七割を出せていれば、倒せていただろうし、全盛期の十全の力ならば殺せている自信があった。
「よう、いい喧嘩だったな」
「そうだね」
「俺の負けだ。なんつーか、人間にここまでやられたら、もう負けも負けだ。死んだも同然だ。思い残すこともねえ、やってくれ」
「もちろんだ」
聖剣を握り、構える。が、夏樹の鼻や目から血が流れ出した。
肉体が限界だと悲鳴を上げているのだ。
だが、構わず夏樹は続けた。
「言い遺すことは?」
「まもんまもんより、すさすさのほうが凄え!」
「本当にあんたは素盞嗚尊だな!」
最後まで、素盞嗚尊として振る舞い続けた神に敬意を払い、全力を以て聖剣を振るった。
刀身が素盞嗚尊の首を刎ねようとした――が、第三者によって、夏樹の腕が掴まれ、聖剣が消えてしまう。
「ノリノリなところすみませんが、さすがに神殺しをさせるわけにはいきません」
「……月読先生?」
「げ、月読かよ」
夏樹を止めたのは、中学校の教師であり、三貴人のひとり月読命だった。
「愚弟を殺してくれるのはありがたいですが、こんなのでも神は神です。いらぬ業を背負う必要はないでしょう」
「――あ」
夏樹は、戦いに夢中になっていて後先考えていなかった。
「それに、こんな馬鹿でも慕う神は多い。殺せば無駄に敵が増えるだけです。夏樹くんなら、問題ないでしょうが、有象無象を相手にする必要もありません」
「……はい」
「確かにな、俺が死んだらママが復讐に」
「いえ、母は、いっぺん死んでおけ、と言っていました」
「……ママぁああああああああああああああああああああああああ!?」
素盞嗚尊はショックを受けたのか、絶叫する。
月読は、そんな弟を心底鬱陶しいと言わんばかりの顔をした。
「言わずもがなですが、こんな神は殺す価値もありません。殺しても不良債権を押し付けられるだけですし、その内ひょっこり生き返りますので、やるだけ無駄です」
「あ、生き返るんだ?」
「素盞嗚尊や天照大神ほどになると、人に信仰されているうちは時間がかかっても蘇るでしょう。両親に至ってはそもそも殺せるかどうか。私は、その、マイナーなので蘇られるかどうか微妙です」
「そ、そんなことないって! 月読先生はいい先生だもん!」
「ありがとうございます。いい子ですね、夏樹くんは」
なぜ途中で自虐が入るのだろうか、と夏樹は首を傾げる。
もしかしたら、神として登場したときに気づかなかったことが尾を引いているのかもしれないと考える。
「がはははははは、姉貴や俺に比べたら、マイナーっていうかパッとしねえからなぁ!」
「みっともない逸話があるお前よりはマシですよ!」
ぱんっ、と月読が手を打つと、世界が一変し、夜の河原に戻ってきた。
「夏樹ぃ! 無事じゃったか!」
「夏樹くんっ!」
すぐそばに現れた小梅と銀子が夏樹に飛びつく。
わちゃわちゃにされる、夏樹たちに微笑を浮かべた月読先生は、神の登場に萎縮している千手たちの方を向いた。
「神奈征四郎」
「――はっ」
月読が静かに、今回の騒動のきっかけとなった青年の名を呼んだ。
「すでにあなたは罰を受けたでしょう。素盞嗚尊に狙われ、見ず知らずの少年に助けられた。十分すぎる罰です」
「……はい」
「あなたの境遇は調べました。同情もしましょう。また、十束剣が長年放置されたことに不満を持ってあなたを誘ったということもわかりました」
「……それでも、私の罪は消えません」
「ええ、ですから。こちらを」
月読は一振りの剣を虚空から手に取ると、征四郎に手渡す。
「これは?」
「名も無き神剣です。私が神代の時代に使っていたものです。差し上げましょう」
「――な、なぜでしょうか?」
「愚弟と十束剣が迷惑をかけた謝罪を兼ねてです。その剣を以て、あなたは彼らに償いなさい」
「――ありがとうございます」
「あと、これを」
「名刺ですか?」
「ええ、私のプライベートな連絡先です。あなたをしばらく見守りましょう。なにかあれば、ご連絡ください」
「ありがたき、幸せ!」
平伏した征四郎の肩を優しく叩き、月読は三人に向く。
「小林蓮、七森千手、佐渡祐介……あなた方もご苦労様でした。愚弟の剣を使い、被害者を出さずに済んだこと、心から礼を言います。後日、なにかしらの形でお礼をします」
蓮、千手、祐介は、平伏まではしなかったが、深く頭を下げた。
にこり、と月読が微笑む。
「さて、後始末が大変ですが……そこは私がなんとかしておきましょう。橋も、橋姫に力を借りればいいでしょう。河川に関しても、妖怪たちの力を借りて、明日にはなにもなかったようになっています」
問題は、と月読は未だ倒れたままの素盞嗚尊を軽く睨んだ。
「暇を持て余した愚弟ですね。十束剣が盗まれてもわざと放置し、向島市に誘導したこと。ちょっかいを出すな、とあれだけ釘を刺しておいたのに夏樹くんに喧嘩を売ったこと。ある程度は好き勝手させていましたが、今回はお仕置きです。神界で母と櫛名田比売がお待ちですよ」
「――うげっ。な、なあ、月読……俺はこれから夏樹たちと友情を深めるために酒盛りを」
「駄目です」
「お食事会を」
「駄目です」
「懇親会を」
「駄目です」
「オフ会を」
「駄目です」
なんとかお仕置きから逃げようと足掻く素盞嗚尊だったが、力を使い果たしていたので月読に首根っこを掴まれてしまう。
「それでは皆さん、ご迷惑おかけしました。いずれ、また」
「あ、おい! 神奈征四郎! 十束剣はお前にくれてやるよ! そのうちくっつくから使ってやってくれ! 神剣二本ゲットして、家に帰ってみ? 次期当主に返り咲いて、クソみたいな元婚約者が股開くぜ!」
「品のないことを言わない!」
そう言って、素盞嗚尊と月読は消えた。
――こうして、異世界から帰還して長い長い九日目が終了しようとしていた。
だが、夏樹は知らなかった。
素盞嗚尊との戦いを、他の神々や魔族、妖怪が見ていたことを。
日本だけの話ではなく、外国の神や魔族も夏樹に大いに興味を持ったことを。
マモンとの戦いに続き、素盞嗚尊まで下した夏樹に興味を抱く者が現れるのは仕方がないことだった。