作品タイトル不明
39「聖剣さんの本気じゃね?」①
素盞嗚尊の魂の叫びに、夏樹はドン引きしていた。
もちろん、夏樹だけではない。
小梅と銀子も「うわぁ」って顔をして、冷ややかな視線を送っているし、千手たちも「えー、これが、あの素盞嗚尊?」と信じられないようだ。
そんな視線の集中砲火を受けて、不満気味に素盞嗚尊が叫んだ。
「なに引いてんだよ! 素直になれよ、男の子は生まれた瞬間から、死ぬその時までマザコンだろうが!」
「いやいやいやいや」
「桃太郎もマザコンだ、浦島太郎だってマザコンだ、金太郎だってマザコンだ!」
「お前っ、いい加減にしろよ! 真面目にやれよ! ぶっ飛ばすぞ!」
「俺は真面目だ! 男の子はママから生まれ、ママに死ぬんだ! ママぁああああああああああああああああああああ! ふぅうううううううううううううううううう!」
「もう、いや、こんな神様」
夏樹は泣きそうになった。
生徒想いな月読先生は、さておき。
自堕落な天照大神も、なんだかんだといい神だった。
しかし、素盞嗚尊は「やべえ」と思う。子供のように喧嘩売ってくることもそうだが、この狂った感じが「やべえ」と震える。
夏樹が背筋を震わせていると、素盞嗚尊の甚平の内側から着信音が響いた。
「あ、ちょっと待ってね、奥さんから電話だ。はい、すさすさ。え? うるさい? 上まで聴こえてくる? ごめんなさい。もちろん奥さんのことも大好きです。え? 聞いてないって。そんなぁ。ちょ、お小遣いカットはやめて! やーめーて! お願いします、ビールから発泡酒になっちゃうぅ、発泡酒らめぇ! あ、切られちゃった。あー、ごほん。ふっ、待たせたな」
「……なんか、かわいそう」
「かわいそうって言うな! 男の子はな、常にママと奥さんに板挟みにされる生き物なんだよ! まあ、うちのママと奥さんは仲がいいですけどぉ?」
「どーでもいいわー!」
「お前もいつか苦労する日が来るぜぇ!」
「知るか!」
くだらないやりとりをしながら夏樹と素盞嗚尊は同時に地面を蹴った。
「仕切り直しだ、天叢雲剣ぉ!」
「暴れるぞ――神鳴りの剣!」
神剣と聖剣がぶつかる。
一度は、両断された聖剣は今度はしっかり神剣を受け止めた。
互いに片手に剣を握っていたが、力を込めるため両手で握り、足に力を入れて踏ん張る。
「いいぜ、男の子はこうでなくちゃな!」
「さっきから男の子男の子ってうるせえんだよ! おっさんが男の子とか言うな! 気持ち悪いんだよ!」
「馬鹿野郎、俺はいつでも少年のあの日の心を忘れてないんだよ!」
「あの日っていつだよ!」
「……こっそり女の水浴びを覗いた幼少期さ」
「マザコンで、嫁に頭が上がらなくて、傍若無人で、覗き野郎とか、そんな神がいてたまるかぁああああああああああああああああああああ!」
聖剣ではなく、夏樹は拳で素盞嗚尊を殴り飛ばした。
彼岸花が咲き乱れる地面を転がる素盞嗚尊だったが、すぐに立ち上がる。
「……なるほど。由良夏樹、お前は強い。それは間違いない。異世界で神殺しをしたのも十分に理解できる」
素盞嗚尊から、軽い雰囲気が消えた。
無風だった空間に、強い風が吹き出していく。
「お前はその場の勢いで強くなるタイプだ。俺と同じタイプだ。だが、夏樹、お前は俺には勝てない。なぜかわかるか?」
風は強くなり、雨まで降り出した。
まるでこれから嵐でもくるような天候となる。
「わからないね、ぜひ教えてくれ」
警戒を強めて尋ねる夏樹に、素盞嗚尊は淡々と告げた。
「お前は格上と戦った経験がないに等しい。最初から強く、力でどんな敵でもねじ伏せてきたんだろう。それは羨ましく、尊敬もするが……だから、お前には肝心な経験が足りていない。それは、強い敵という壁が立ち塞がったとき、どうするのか、がわからない」
「…………」
夏樹は否定も肯定もしなかった。
「それが悪いとは言わん。強くとも、苦労はしただろうし、辛く苦い思いをしてきたのだろう。わかるぜ。それは、わかる。だが、――それだけだ」
素盞嗚尊の神域に嵐が訪れた。
ゆっくりと神剣を構えた素盞嗚尊が、今まで見せなかった荒ぶる一面を覗かせた。
「由良夏樹――俺はお前に敬意を払う。クソみたいな異世界で、神殺しまでして帰ってきた男なんてそうそういねえ! 俺は、神としてではなく、男として、お前を全力でぶっ殺す」
犬歯を剥き出しにして唸る素盞嗚尊は、まさに嵐のごとく猛々しい。
だが、夏樹は怯えることなく、不敵に笑った。
「来いよ、素盞嗚尊。俺も、今出せる全力を持って、お前をぶっ殺してやる」
「ああ、最高だ。俺は、こんな戦いをずっとしたかったんだ。礼を言うぜ、由良夏樹」
素盞嗚尊は礼を言うと、天叢雲剣を頭上に掲げた。
世界を覆う、暗雲とした雲が、滝のような雨を降らせ、嵐となる。
嵐はまるで素盞嗚尊を鼓舞するかのように激しさを増していく。
「――起きろ、天叢雲剣。久しぶりに、大暴れしようぜ」
素盞嗚尊の頭上で暗雲が渦を巻き、天叢雲剣に集まっていく。
桁違いな神力と、素盞嗚尊が生み出した「嵐」という純粋な力が足され、凄まじい圧を放っていく。
次の瞬間、素盞嗚尊が天から嵐を堕とした。
神の力を前にして、夏樹は臆することなく聖剣を撫でた。
「神殺しの時間だ、共に暴れよう――雷刃・ 雷命(らいめい) 」
夏樹が手に持つ聖剣を胸に突き立てると、神域を埋めつくす程の雷が放たれた。