作品タイトル不明
35「素盞嗚尊と喧嘩じゃね?」②
「かひゅっ、あ、待って、待って、女の子に、女の子になっちゃった」
股間を押さえて、後方によろめく素盞嗚尊。
言動から見るに、まだ余裕はあるようだ。
「なってねーよ!」
「おま、拳でやろうぜって言ったのに、ひどくね? 素盞嗚尊様の股間を蹴り上げた奴って、今までいないぞ!?」
「いえーい! 人類初ありがとうございます!」
「そうじゃねえよ、拳と拳のぶつかり合いが基本だろって言ってんだよ!」
「喧嘩の拳って身体を全部使ってってことでしょう?」
「ヤンキー漫画読んだことねえのかよ!? 拳は拳だろ?」
「令和のボーイが、ヤンキー漫画読むわけないだろ!」
くだらないやりとりをしながら、夏樹は少しだけ動揺していた。
潰す気で繰り出した蹴りが直撃したにも関わらず、素盞嗚尊には余裕があった。
(やばいな、三割じゃ勝てないかも。前回、五割で大変な目にあったんたんだけどなぁ)
異世界から帰還した夏樹は、肉体が元に戻ったことで全盛期の力が出せずにいた。
現状では、聖剣の力の一部を使うことができても、聖剣そのものを振るうことさえできない。
魔剣だって、十全の力を発揮できないのだ。
当たり前だが、規格外であった小林蓮よりも強い。
向こうも本気を出していないことはわかるが、それでも基本スペックはマモンよりも上だろう。
(さて、どうしたものかな)
素盞嗚尊相手に手を出せずにいる蓮、祐介、千手、征四郎。
そして、出す気のない銀子と、小梅が心配そうに視線を送っているのに気づいて、夏樹は大丈夫だと手を振ってみせる。
素盞嗚尊の名を知っているが、詳細までを知っているわけではない。
八岐大蛇を酒に酔わせて倒したのと、天照大神の家で排便したくらいだ。
改めて、とんでもない神様だと思う。普通、こんな神、いない。
「ちょっと、腰トントンするから待ってて、ちょっとでいいから。あー、あー、落ち着いてきたぁ。焦ったぁ、令和の子って本当に怖いわぁ。おじさんもびっくりだよ。最初の一撃が股間蹴りとか、昭和のヤンキーでもそんな酷いことしないからね」
「だから知らねーって!」
「今度、ヤンキー漫画貸してやるよ。ま、お前が生きていたらだけどな」
素盞嗚尊の神気が爆発する。
とんでもない神気だ。
先日戦った土地神みずちが、ただの小物に思えるほどだった。
「ほら、お前も魔力だっけ? 出せよ?」
言われた通りに、今できる全力の魔力を放出し、身体能力を強化した。
「いいね、いいね。ざっと見た感じ、爵位持ちの魔族級か。マモンを殺したときほどの力はないみたいだけど、見せてくれるんだろう?」
――ぞっとした。
「そうだ、それが恐怖だ。よく覚えておけ。お前が相対している神が、どんな神なのか、身体と心と魂で感じろ。いくぜ?」
唇を吊り上げた素盞嗚尊が消えた。
だが、物理的に消えたわけではない。消えた様な速度で移動しただけだ。
問題ない。夏樹の目にはしっかりと追えている。
眼前には拳を振りかぶった素盞嗚尊がいる。武術もなにも感じさせない、荒くれ者の拳だ。だが、今まで見てきたどんな拳よりも、力強く、痛かった。
顔面を打たれ、膝まで衝撃がくる。
その場に膝をつきそうになるが、
「夏樹!」
「夏樹くん!」
小梅と銀子の声を聞き、必死に耐えた。
奥歯が折れるほど、本気で歯を食いしばって、耐え抜いた。
夏樹は素盞嗚尊の腕を掴むと、頭突きを食らわせる。
夏樹と素盞嗚尊の額が割れて、血が噴き出した。
「いいぜ! 痛いのは久しぶりだ!」
襟首を掴まれ、顔面を繰り返し容赦無く殴られる。
夏樹も負けず、素盞嗚尊の甚平を掴んで拳を叩き込んだ。
両者、血で顔を真っ赤にしながら、笑っている。
「楽しいだろう、なあ!?」
「痛いだけだよ、くそったれ!」
拳に力が入らなくなってきたので、夏樹は蹴りも繰り出した。
顔面を捉えた白いスニーカーが、素盞嗚尊の血で赤く染まる。
素盞嗚尊は笑みを浮かべたまま、大きく口を開いて夏樹に噛み付いた。
肩を思いきり噛みつかれ、肉をかじり取られる。
「ああああああああああああああああああああっ!?」
さすがに齧られるのは初体験の夏樹が絶叫をあげると、慌てて素盞嗚尊が飛び退いた。
ぺっ、と齧りとった肉を吐き出すと、血で濡らした口周りを腕で拭い呵呵大笑する。
「悪い悪い、つい興奮しちまった! だけどよぉ、お前、完全なる血統かよ! 珍しいな、なおさら気に入ったぜ。この喧嘩で死ななければ、俺の娘を嫁にくれてやる」
「痛え! ああ、痛い痛い! ああああああああっ、ふざけんな! だーれがあんたをお義父さんなんて呼ぶか!」
素盞嗚尊は嬉しそうだった。
「楽しいなぁ。俺にこれだけやられて、俺をこんだけぶん殴って、いつ以来だろうな? どいつもこいつも、俺に勝てないとわかるとビビって無様に命乞いだ。なあ、夏樹。お前の背後にいる奴らもそうだろ? お前ひとりで戦わずとも、全員でかかってくればいいのに、その根性がねえ」
「俺ひとりで十分なんだよ」
「もうお前が愛しくなってきたぜ!」
「吐くぞ!」
「つれないねぇ。さてと、喧嘩は楽しいが、いつかは終わる。そろそろ見たいテレビもあるから、ガチでやろうぜ。抜けよ、 剣(つるぎ) を」
素盞嗚尊は虚空から、古びた剣を抜いた。
誰が見てもわかる。
細胞が震えるほどの神気を放つ、神剣だ。
「――天叢雲剣」
「またビッグネームきたー」
感動を覚える暇もない。
素盞嗚尊よりもよほど神々しい剣に、夏樹は出し惜しみはできないと覚悟を決める。
「――封印術式を四番、五番まで、由良夏樹の名の下に解除する」
轟っ、と夏樹の魔力が跳ね上がった。
彼岸花が吹き飛ばされ、世界を真っ赤に彩る。
「おいおい、最高じゃねえか。決めた。お前が死んだら、神族にスカウトしてやるよ!」
「俺は人間のまま生きて人間のまま死ぬんだよ! 次はねえ!」
「マジかよ、かっこいいな! なあ、夏樹! お前のことは一生忘れねえぜ!」
「俺はあんたのことなんて明日には忘れてるよ!」
夏樹もアイテムボックスから、聖剣を引き抜いた。
「いい剣だ。激るねぇ」
「勝手に激ってろ」
両者は、同時に剣を振るった。
「聖剣――神鳴りの剣」
「――天叢雲剣ぉ!」
爆発的な魔力と神力がぶつかる。
次の瞬間、
「俺の勝ちだな!」
夏樹は聖剣ごと天叢雲剣に袈裟斬りにされた。