作品タイトル不明
9「被害者に会いに来たんじゃね?」②
由良夏樹は、後輩勇者の佐渡祐介の部屋の窓を屋根の上から魔法で開けると、にっこり笑みを浮かべた。
「こーんにーちはー」
「ぎゃぁあああああああああああああああああ!」
「なんで、そんな叫ぶの!? ご家族やご近所に配慮してこっそりしているのに!」
「シチュエーションが怖いんだよ!」
夏樹の頭部を千手が脱いだ革靴で引っ叩く。
「え? そうなの? 俺ってホラーとか見ないんだ。なんていうか、失笑しちゃうから」
「……なんてつまらないガキだ! じゃなくて、お前さんの登場が怖すぎて向こうが怖がってるんだよ! あと、一般人にバレないように俺が注意を逸らす術を使っているから最初から問題はないんだって!」
「最初に言おうよ、そういうこと」
「聞かなかったじゃねえかよ!」
ぎゃーぎゃー口喧嘩する夏樹と千手を見て、目をぱちくりさせていた祐介が恐る恐る声を出した。
「えっと、誰?」
「お、話を聞いてくれる? 大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫だけど、これ、現実だよね」
「よかったら、痛いことしようか? 後ろのおっさんを真っ二つにするとか、三枚におろすとかどう?」
「痛い目に遭うのは俺かよ!」
「い、いいよ。大丈夫。えっと、上がる?」
きっと祐介もまだ混乱しているのだろう。
窓から現れた中学生と青年のコンビを、無警戒に部屋にあげてしまった。
いや、もう今更なにが起ころうと構わないと諦めたのかもしれない。
「ごめん、部屋が汚くて。ずっと引きこもっていたから」
「大丈夫大丈夫。異世界の方がもっと汚くて臭かったでしょう? なんなんだろうね、あれ。臭いから香水振りかけてもさ、その香水だって臭いんだよね。臭いと臭いを足してどうするんだよ、って感じ!」
「わかるわかる! 近くにいたら息ができないほど臭いって言うか――え?」
スニーカーを脱いで祐介の部屋にある椅子に腰を下ろした夏樹と、窓に背を預けて腕を組む七森を、驚いた顔で凝視した。
「も、もしかして」
「ご想像の通りです。俺の名前は由良夏樹です。あなたの前に異世界に勇者として召喚されて無双したのは、実は俺なんです! よろしくね!」
「……一応言っておくが、俺はそんな愉快な目には遭ってないからな。七森千手だ」
祐介は震えた。
そして、ゆっくり夏樹に手を伸ばす。
「握手?」
と、手を差し出してくる少年を無視して、胸ぐらを掴んで揺すった。
「お前が勇者かぁああああああああああああああああああ! お前のせいで、僕はぁ! 僕はぁああああああああああああああああああああ!」
「ちょ、ま、同情するけど! 俺は悪くないよ! 異世界人が屑なのが悪いのであって、俺だって被害者なんだって!」
「せめて魔族滅ぼしておけよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「魔王を倒して、背後で操っていた魔神はぶっ殺したんだけど」
「魔王もちゃんと倒しておいてよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「そ、そう言われましても。魔王は意外と悪い奴じゃなかったし、その前にお子さんとも会っているから殺すのに躊躇ったというか、殺すつもりだったけど意外としぶとかったからそのままにしておいたというか、俺にとって異世界が魔族に支配されても痛くも痒くもないっていうか」
「その皺寄せが僕にきたんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「さーせん」
「ふざけんなぁああああああああああああああああああああああああ!」
夏樹としては、魔王を殺しても魔王軍の勢いは止まらなかったと思っている。
何よりも夏樹の目的は『帰還』であり、異世界の平和ではない。
魔王が死んでいようと、生きてようと関係ない。
仮に、魔王が死んでいても他の魔族が魔王となって人間と戦い続けたのだろう。
それだけ向こうの世界の人間は魔族に恨まれているのだ。
(と言っても、それはこの人には関係ないんだよなぁ。俺にも関係ないけどさぁ。ほんとーに異世界人って自分じゃ何にもできない屑野郎だわ)
荒ぶる祐介を千手が止めようとしたが、夏樹は手で制した。
祐介はきっとどこかに怒りをぶつけたかったのだろう。
吐き出す相手もおらず、そもそも本当に異世界に行ったのかどうかもわからなかったのはさぞ辛かったはずだ。
その鬱憤をぶつける相手になってもいいと思えるほど、夏樹は同じ境遇の祐介に同情していた。
「異世界やべえな」
異世界に対する罵詈雑言を吐き出す祐介に、千手が引いていた。
(それにしても、この人はあのおじいちゃんと会わなかったんだなぁ。なんだったんだろう、あの自称仙人のおじいちゃんは?)
その後、祐介が正気を取り戻すまで十五分の時間がかかった。