作品タイトル不明
64「貸しいちとか怖くね?」
「私のファン、だと!? まさか青森から飛んできた先に、弱小チャンネルを見てくれる視聴者様がいたとは……だが、今はこんな時だ。サインと写真は後にしよう」
「あ、はい。楽しみにしています」
サマエルは一登にファンサービスする気満々のようだ。
(さてと、このまま笑って終わるのか、第三のバトルが始まるのか……わからないなぁ。それにしても、限界を超えたせいで一時的に三割よりも出力が落ちていたとしても殺意を込めた魔剣の一撃を傷ひとつなく受け止めるなんて……おっかないなぁ)
情けない話だが、蓮とマモンの連戦で夏樹は限界だった。
蓮は規格外だったし、マモンもやはり魔族の幹部だけあって出し惜しみできない強さだった。
「さて、君のことは私も知っている。よっちゃんから聞いたからね。だが、まさかこのような形で出会うとは残念だ」
「……よっちゃんの知り合いかよ」
「ああ、彼とはいい友人だ。それはいいとして……由良夏樹殿、すまない。マモンには二度と君に手を出させないと約束するので、ここで勘弁して欲しい」
サマエルは、夏樹の前に膝をつくと、深々と頭を下げた。
「サマエル様!?」
まさかサマエルが土下座するとは思わなかったマモンが悲鳴を上げる。
夏樹としても、サタンと戦える高位魔族が、勝てるはずの人間に頭を下げるとは思わず困惑を隠せない。
「だからどうか、頼む。マモンを殺さないで欲しい。そして、あの少年を治療させてくれ。まだ間に合うかもしれない。頼む」
夏樹は、背後にいる小梅を見た。
「俺様はもうええと言っておるじゃろう! 俺様のために戦ってくれたのは嬉しいが、夏樹に傷ついて欲しいわけではないんじゃ! そのくらいわかるじゃろう! 馬鹿もの!」
「……そっか。あー、ごめんね。小梅ちゃんを守ろうとしたのに、俺が俺の感情をぶつけていただけか」
「いや、すまん。夏樹が俺様のことを守ろうとしてくれたのは嬉しいんじゃ。本当じゃ。じゃが、家族がボロボロになる姿を見たくないんじゃ」
夏樹は、小梅の瞳にうっすら涙が浮かんでいるのを見た。
「うん。そうだね。ごめん、小梅ちゃん」
「謝らんでええ!」
目元をごしごし袖で拭う小梅に背を向け、夏樹はサマエルに簡潔に告げた。
「だってさ。俺にじゃなくて、小梅ちゃんたちを含む俺たちに手を出さないと約束してくれるなら、俺はなにもしないよ」
「感謝する。私が責任を持とう。いいな、マモン」
「――しかし!」
「お前が私を魔王にしたいのは知っている」
「ならば!」
「今は息子の方が大事だろう!」
「……はい。蓮をお救いください」
マモンは、何百年も願っていたサマエルの魔王への道よりも、短い時間ながら我が子のように思ってしまった蓮を優先した。
「回復は得意ではないが、やってみよう」
力なく倒れている蓮はまだ生きている。
いや、生きているだけで、いつ死んでもおかしくない状況だった。
サマエルは魔力を高め、回復魔法を展開するが、得意ではないのは謙遜ではなく事実のようで、夏樹のほうがまだ効果のある回復ができただろう。しかし、それも戦いで疲弊していなければ、だ。今は、蓮の回復に割ける魔力がない。
「……なんてことだ。俺は強欲な魔族だが、本当に大切なものをいつも間違える愚か者だ。蓮、頼む。お前とまもんまもん言っていた日々が、どれだけ楽しい日々だったか!」
マモンも限界を超えながら魔力を蓮に注ぐが、変化はない。
「……蓮は、哀れな子だった。規格外な霊力を持って生まれたせいで、親からは化け物扱いされて捨てられ、盗みをしながら生きていたが、はぐれ霊能力者に目をつけられてこちら側に足を突っ込んだんだ。同じ境遇の子供たちを集め、彼らのために喜んで汚れ仕事をしていた。俺も蓮を利用した最低な魔族だ。ならば、命を奪うなら俺の方だろう!」
慟哭を上げるマモン。
「……気まずい」
「……夏樹はどうにかできんのか?」
「ほら、サクッと勇者的パワーで」
「夏樹くん」
そばに来ていた小梅たちから、なんとかできないものかと言われるが、できない。
(なんで、こんな時に蓮くんの境遇を語るかなぁ。このまま死んじゃったら後味最悪じゃね? 勝利したぜやったー! なんて口が裂けても言えなくね? これ、どうするの? なんか俺が悪い感じじゃね? え? 嘘ぉ! ちょ、誰かなんとかして! なんでもするから、お願いしますぅ!)
夏樹が他力本願を期待して天に祈った時だった。
――貸しいちですよ。
神々しいのにどこか胡散臭い声が、世界に響いた。
「――げ」
小梅がとても嫌そうな声を出すと同時に、一枚の白い羽根がゆっくり空から降ってきた。
白い羽根は風に舞い、蓮の胸の上に落ちた。
次の瞬間、眩い聖なる光が世界を充満し、夏樹たちの視界を一時的に奪った。
莫大な神気が嵐のように吹き荒れ、暖かな、しかし、荒々しい、想像を絶する力が渦巻く。
「な、なんて力だ」
腕で目を守っている夏樹には、何が起きているのかわからない。
しかし、今の夏樹では到底真似できない凄まじい力が振るわれたのだけが理解できた。
しばらくして、神気が収まったので、恐る恐る目を開けると、
「うわぁ」
夏樹は、心から驚いてしまった。
土と石しかなかったコロシアムに、緑が溢れていた。
小さな花から、青々しい木々まで、世界を埋め尽くすように緑が広がっていた。
夏樹が斬り裂いた世界も修復されている。
そして、
「あ、あれ? どうして、僕は?」
「まもまもまもーん!」
「うわっ、マモンさん!」
五体満足の蓮が意識を取り戻していた。
たまらずマモンが涙を流して抱きつく。
回復しているのは蓮だけではない。
夏樹の聖剣を受けたマモンも、力を使い果たした夏樹も完全回復していたのだ。
「さすがゴッドじゃな」
「だねー。ゴッドぱねぇ!」
小梅がゴッドの名を出し、なんとなくそうだろうと思っていた夏樹が肩を落とした。
「貸しいちが怖いなぁ」
ゴッドに借りを作った夏樹は、一体どんなことになるのやら、と考えようとして、考えるのを放棄した。
今はゴッドのことは忘れて、蓮の無事を喜ぼう。
(とりあえず、これで終わったかな?)
肩の力を抜いた夏樹の耳に、
「夏樹ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
この場にふさわしくない、とてもひどく不愉快で、無粋な声が届いた。