作品タイトル不明
63「サマエルが登場じゃね?」
「――そんきにすておげじゃ」
マモンを庇った『何者か』は、女性の声だった。
声は女性だったが、なにを言ったのか夏樹にはわからない。伝わる魔力から、魔族だと思われるので、魔族の言語だろう。
「……誰だ?」
正直、夏樹は動揺していた。
魔王の使っていた魔剣を腕一本で受け止め、血さえ流れていない。いや、衣服さえ斬れていないのだ。おそらく、マモンを庇った者は意識的にか無意識にかはわからないがその身に纏う力が、魔剣と夏樹が込めた魔力を上回っていることになる。
――だが、それはいい。それはいいのだ。
そんな些細なことよりも、彼女の格好が気になってならなかった。
彼女は、頭に麦わら帽子を被り、紺地に白い水玉模様のヤッケを羽織り、腕にはピンク色のアームカバーをしている。下半身はもんぺを履いて、膝下までの長靴を装備していた。
「もう戦う必要なねぴょん」
「んん?」
いかにも畑仕事しています、みたいな女性は麦わら帽子を外すと、漆黒の闇のような黒髪が流れた。
風に揺れる黒髪は、彼女の背中ほどだ。
女性は凛とした美人だった。年齢的には十八歳ほどに見えるが、実年齢は違うはずだ。
「この子のごどはわー預がる。そえで許すてぐれねびょんか、少年」
「いや、あの。ええ?」
先ほどから何を言っているのかわからない。
(えっと、戦う必要がない、とか言ったのはなんとなくわかるようなわからないような。これもしかして、魔族の言語じゃなくて、日本のお言葉?)
内心、夏樹が首を傾げていると、女性は言葉の壁に気づいていないのか続けた。
「二度ど少年さ手出すはさせねど、サマエルの名かまりで約束する」
「今、サマエルって言ったー!?」
サマエルこそ、かつてサタンと戦った強力な魔族であり、マモンが魔王として君臨させようとした魔族である。
「……女性だったのか」
夏樹は魔剣を女性から離し、数歩引いた。
(敵意はないから戦わないと期待したいけど、敵意がなくても敵は殺せるからなぁ。にしても、なんで農家のおばあちゃんみたいな格好をしているのか誰か教えてくれないかなぁ)
魔剣をしまうことはしないが、切っ先を下に向けた。
もちろん、いつでも振れるようにはしているが、今の力でどれくらい通用するのか不明だ。
せめて、八割の力を万全の状態で出すことができれば、と考えてしまう。
「マモン。わのために今までどうも。すたばって、もういじゃ。わっきゃもう魔王になるつもりはね。だはんでわのためではなぐ、自分のためさ、こぃがら生ぎでほすい」
サマエルは倒れるマモンの傍らに膝を突き、軍手をはめた手をそっと両断された腹部に置く。
強い魔力がマモンに注がれ、肉体こそ再生しなかったが、流れる血は止まっている。
「サマエル様」
「あの子のごども治療すれば間に合うがもすれね。おめも手伝えじゃ。せがれなんだびょん? あの子ばこのまま死なへではいげね」
マモンはサマエルに震える声を出した。
慕っていた魔族の登場に感極まっているのかと思われた。
だが、マモンは涙を流すと、
「サマエル様……おそらく私にお気遣いの言葉をかけてくれているのだと思うのですが……なまりが強くて何を言っているのかわかりません」
実は、夏樹同様にサマエルが何を言っているのかわからないと告白した。
「……だよね! 俺もだよ! マジで何言っているのかわかんねーよ! いや、本当になにをどうしたいの!?」
ちょっと安心しながら夏樹もサマエルに叫ぶ。
すると、サマエルは少し驚いた顔をしてから、はっと気づいたように咳払いした。
「――あー、すまない。私はサマエル。かつてサタンと全国制覇で争って負けた敗北者だ。今はりんご農家をしている」
「あ! あの人って、農家系動画配信者のさまたんだ!」
夏樹の背後にいた一登が大きな声を出し、とんでもないことを言った。
「さまたん!? 誰か、この状況を説明してくれ! あと、収拾をつけてくれ!」
サマエルが現れたことや、農家のおばちゃんファッションのことや、動画配信者のことなど、ツッコミどころが多くて、今まで殺伐として戦っていた空気が完全に破壊され、夏樹はヤケクソになって叫んだ。