作品タイトル不明
61「規格外な奴じゃね?」③
「な、夏樹っ、力をっ、抑えんか……銀子と、一登が、耐えられん」
地面に倒れ、力を入れてなんとか顔を上げた小梅の息も絶え絶えな姿と声に、夏樹は慌てて解放の際に放出されていた魔力を抑え込んだ。
「ごめんごめん!」
呼吸すら忘れて見えない力に圧し潰されていた一同が、大きく酸素を吸ってそれぞれ動き出す。
小梅は仰向けとなり、胸を上下させている。一登と銀子も、長い間水の中にいたのかと思われるほど汗をびっしょりかいて荒い呼吸を繰り返している。
「……ま、もん……まも、ん。人間が、これほどの力を持っているだと!? ありえん、人間という器が破壊されてもおかしくないはずだ……しかも、これで、五割だと!?」
いち早く、態勢を整えたのはマモンだったが、彼の顔には驚愕が張り付いていた。
五割の力を解放した夏樹は、マモンよりも力そのものは上だ。もちろん、今まで培ってきた経験を加味すると、マモンもただ敗北することはないだろう。そのことは、夏樹だってわかっている。
「ふざ、けるな!」
マモンに続き、立ち上がり蓮は夏樹を睨みつけた。
「よせ、蓮! いくらお前でも!」
「由良夏樹っ! そんな化け物みたいな力を持っていながら、家族や友人に恵まれているのか! 僕は、心底君が妬ましいよ!」
「あ、そ」
蓮の叫びに興味なさげに夏樹が空返事をした。
それが蓮の神経を逆撫でしたのだろう。
今まで笑みを浮かべて飄々としていた蓮が、顔を真っ赤にした。
「僕を相手に、全力ではなく半分の力だって? 君は……僕の全力がこの程度だと思っているのかな? 僕がまだ、全力ではないとでも思っているのか!」
「あるなら出せよ」
「よせ、蓮! お前の本気は」
「いいや、マモンさん! ここで彼を倒さないと、僕は僕じゃいられない!」
蓮から莫大な霊力が発せられた。
同時に、肉体に大きな負荷がかかっているのだろう、身体中の皮膚から血が流れ出している。
「へえ」
改めて人間の規格を超えている。
だが、霊力の放出は凄まじいが、その力の使い方がまだ荒い。
今まで、自分よりも強い相手に会ったことがないのだろう。全力の出し方が、ちゃんとできていないのだ。
「じゃあ、準備ができたところでやろうか。――目覚めろ、常闇の剣」
夏樹が抜いたのは両刃の黒剣だ。
魔王を倒した戦利品である、異世界でも一、二を争う業物だった。
夏樹の呼びかけに応じ、魔剣が脈打った。
「いくよ、由良夏樹」
「こいよ、小林蓮」
夏樹と蓮は同時に地面を蹴った。
銀子や一登の目には、消えたように映っただろう。
小梅とマモンでさえ、目で追いかけるのがやっとだった。
「うわぁああああああああああああああああああああああ!」
蓮の蹴りが繰り出される。
唸りを上げて放たれた長い足が、規格外の霊力を纏って夏樹を砕こうとする。
が、夏樹は蓮の攻撃を気にすることなく、彼の足が届くよりも早く魔剣を振り下ろした。
――夏樹たちを囚えている疑似空間が両断された。
蓮の腕を、足を。
夏樹たちを閉じ込めた擬似的な空間を、縦一閃に真っ直ぐに斬ったのだった。
■
小林蓮の半生はお世辞にもよいものではなかった。
一般家庭に生まれた霊能力者として、化け物扱いされ、殴る蹴るは日常茶飯事、食事だって霊力に目覚めてからまともに与えられたことはない。手足を縛られ、何日も放置されても死ななかった蓮を、両親はゴミのように捨てた。
利用され、利用しながら、懸命に生きた。
同じ境遇の子供達を保護しながら、必死に金を稼いだ。
ある日のことだ。
蓮は、空腹を誤魔化すために散歩をしていた。
その日の食糧は子供達に分け与えることができたが、蓮の分は残らなかった。
よくあることで気にしていないが、ふと甘い匂いに誘われて視線を向けると、ドーナツ屋で子供が泣いているのを見た。
耳を澄ませてみると、食べたいドーナツがふたつあるようだが、母親がひとつにしなさいと怒っている。だが、子供はどちらも食べたくて我慢ができないようだ。
「――ひとつ買ってもらえるなら幸せじゃないか」
蓮は親に何かを買ってもらったことがない。
いや、もしかしたら、霊能力に目覚める前にあったかもしれないが、覚えていない。
泣き喚く少年は、蓮にはないものをたくさん持っているのだとわかる。
暖かい家、美味しい食事、そして愛してくれる母親。
「……羨ましいなぁ」
いつか絶対に、家族とみんなで幸せになるのだ。
その想いを胸に秘め、蓮はどんな仕事でも続けた。
■
そして、
「あーあ、やられちゃった」
初めて出会った自分よりも強い人間に、羨望を抱きながら、しかし、ちょっとだけ早く出会いたかったな、と残念に思いながら、血を撒き散らして倒れたのだった。