作品タイトル不明
60「規格外な奴じゃね?」②
基本的に由良夏樹は、戦いに時間をかけない。
相手が肉弾戦を好もうと、長期戦に持ち込もうと、圧倒的な力で短時間でねじ伏せてきた。
その最大の理由が、体力がないからだ。
体力がないと言っても、身体強化をすれば地球の神々や魔族に匹敵する動きができる。だが、魔力にだって限界がある。
とくに、今は肉体が成長しきっていないため、全盛期の力がないのだ。
だからこそ、小林蓮になにか悲しげな背景がある可能性はまったく考えずに、自分の前に敵として立ち塞がったのが運の尽きだと思って死んでもらうことにした。
「――常闇の剣」
異世界で魔王が振るっていた黒の剣と呼ばれた魔剣だ。だが、魔剣の本来の名は、『常闇の剣』である。夏樹がかつて地球に帰還してから振るったことはあったが、あえて本来の名で呼ばないようにすることで威力を落としていたのだ。
しかし、今回は威力を半減することはしない。小林蓮の基本スペックは、今の夏樹よりも上だ。
身体強化した肉体を全力で動かし、アイテムボックスから魔剣をひっぱり出――そうと、して、夏樹の動きよりも早く動いた蓮の手によって、右腕が掴まれ、魔剣を封じられた。
「あらら」
「なんていうか、君さ。このくらいで……マモンさんはおろか、僕に勝てるなんて思っていないよね?」
「さあ、どうでしょう?」
わざと軽口を叩いて左手で魔剣を引き抜こうとする時間を作ろうとしたが、
「遅いよ」
やはり蓮の方が早く、渾身の蹴りが夏樹の腹部に直撃した。
同時に、彼が夏樹の腕を離したので、後方に夏樹は吹っ飛び壁に激突する。
轟音を立てて、突っ込んだ夏樹に、壁が崩れて降り注ぐ。
「夏樹くん!」
「夏樹ぃ!」
「夏樹くん!」
一登、小梅、銀子が叫んだ。
夏樹の戦いをちゃんと見たことがない一登や銀子はとにかく、その力を目の当たりにした小梅の驚きようは凄まじかった。
「だ、だいじょーぶ、だいじょーぶ……痒いところに直撃したからちょうどよかったよ。げほっ、ごほっ――おえ」
瓦礫から這い出した夏樹が、問題ないと手を振ってみたが、次の瞬間、地面に血溜まりを作るほど吐血した。
(あー、内臓やられたー。異世界でもここまでダメージ食らったことないんだけどなぁ、しゃーないか。今の俺って、以前より弱いし。だからって、小梅ちゃんの将来が掛かっているなら、出し惜しみはしないから)
何度か咳き込んで血の塊を吐き出すと、夏樹は立ち上がった。
そして、蓮に向けて笑顔を浮かべた。
「やるね、君! うんうん、なんていうか、こっちの人間にこんなに強い人間がいるとは思わなかった。油断も慢心もしていなかったつもりだったんだけど、どこか侮っていたのかもしれない。夏樹くん、反省!」
「なにを」
学生服とシャツを脱ぎ捨て半裸になった夏樹は、口から拭った血を胸に円を描くように塗った。
「何をするつもりかな?」
「小林蓮だったね。お前の敗因は、この瞬間、俺を止めなかったことだ」
刹那、夏樹の魔力が跳ね上がった。
「――封印術式を四番、五番まで、由良夏樹の名の下に解除する」
夏樹の胸に塗りたくられた血が、肉体に吸い込まれた。
次の瞬間、夏樹の身体に刺青のような術式が浮かび、一部が硝子の砕ける音と共に消えた。
「三割の力じゃ無理だわ、こりゃ。というわけで――五割の力でお相手しよう」
「なんじゃとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
小梅が目を丸くして叫んだ次の瞬間、ずんっ、と空が降ってきたかのような圧迫感が、この場にいる全員を襲い、夏樹以外が――マモンでさえも、その場に突っ伏した。