作品タイトル不明
55「月読先生も大変じゃね?」
水無月家の応接間にて、月の神月読命が正座をする太陽神天照大神の前で仁王立ちして、説教中だった。
「天照……いい年をしたあなたにこんなことは言いたくありませんが、姉として、いいえ、太陽神としてもう少ししゃんとしていただくことはできないのでしょうか?」
「さーせん」
「謝罪はごめんなさい、か、申し訳ございません、と言いなさい。せめて、すみません、でしょう。なんですか、さーせん、とは。最近の中学生だってそんな言葉を使いませんよ」
「さー……いえ、ごめんなさい」
再びさーせんと言いそうになって月読に睨まれた天照大神は、取り繕う様に謝罪をした。
はぁ、と月読が嘆息する。
「昔から、あなたが繊細であることは知っています。苦労もあったでしょう。しかし、ときどき女子高生やらOLやらできるんですから、引きこもることはやめなさい」
「だ、だけどね、月読」
「失礼。責めているわけではないのです。引きこもるのも、それで天照の心が楽になるのなら構いません。私は母と違い、その辺りに理解はあるつもりです」
「――月読! さすが自分の可愛い方の弟!」
「しーかーしー! 毎日遅くまでゲームして、酒飲んでジャンクフードばかり食べて、挙句の果てには掃除もしなければ、風呂にも入らない、着替えだってしない。なんですか、その毛玉だらけのスウェットは! 母が心配していたので、もしやと思っていましたが、まさかお世話になる水無月家にそのまま行くとは……」
「可愛い方の弟は小言が多い! 可愛くない弟は、そんなこと気にしないのに!」
「あれと一緒にしないでください。といいますか、あんな現代社会どころか神代の時代でさえ適合できない蛮族みたいな素盞嗚尊が働いているというのに、もう少ししゃんとしましょう」
「……あの、さっきから自分のこと暴露しすぎというか、もう神として水無月さん家のみなさんや、カズくんたちの顔をどうやって見ればいいのかわからないんですけど」
夏樹と一登も、教師としての月読が生徒を叱るところを見たことがあるが、ここまで長く叱っているのを知らない。
きっと家族だから気やすいというのもひとつの理由なのだろうが、弟なりに現状の姉に思うこともあると考えられた。
「あー、お茶がうまい」
だが、夏樹はあまり気にしない。
ご家庭の事情に口を挟んでも良い事がないのは異世界で経験済みだ。
あれは、異世界のとある貴族の家で、娘の教育方針で夫婦が喧嘩している時だった。まだ異世界で数ヶ月しか生活していなかった夏樹は、幼い娘の前で罵り合う夫婦を止めようとしたのだが、その時、妻が子供は托卵だったということを暴露してしまったのだ。あの時の空気は今でも忘れ――てしまったが、異世界の貴族は過激なようで、その場で剣を抜くと夫は妻と娘を切り殺してしまった。
妻は自業自得だが、娘はかわいそうと思い、まだ息があったので回復してあげたのだが、その後修道院行きが決まった際「余計なことしやがって」と唾を吐かれたのは良い思い出だ。これをきっかけに、異世界人への嫌悪が深まった。
そんなわけで、夏樹はのんびりお茶を飲む。さすが名家だけあって、良いお茶だ。
「すみません、お茶をおかわりー」
「夏樹くん、相変わらずメンタル鋼っすね! あ、私もお願いしますー」
「銀子も負けとらんじゃろう。あ、俺様は茶菓子も追加じゃー」
「……いやいや、三人とも同じだよ」
太陽神が月の神に叱られている姿をスルーして、お茶とお茶請けをおかわりできる胆力に、さすがに一登も声を引き攣らせていた。
だが、かわいそうなのは水無月家の皆さんだ。
さすがに神と神の話に割って入れないし、天照大神の叱られっぷりに、気まずくて今後どう接すれば良いのかわからないだろう。
見かねた一登が、
「あのー、月読先生、そろそろ」
と、助け舟を出すと、天照大神はもちろん、水無月家の皆さんからも救世主を見るような目で見られた。
「……失礼しました。家族の話を、他所のお宅でするものではなかったですね。久しぶりに顔を合わせたのでつい。申し訳ございません」
頭を下げる月読に、水無月家一同は慌てた。
「いいえ、そのようなことは。わたくしたちは天照大神様にお世話になる身ですので、こちらのことは気にせずにいていただければと思います」
「水無月茅殿。お気遣いくださり感謝します。今までに、何度か教師と生徒の保護者としてお会いしたことがありましたね。もう隠すことも難しいので明かしますが、天照大神の弟である月読命です」
「――まさか月読命様が向島市に、それも中学校にいたとは……気づかず申し訳ございません」
茅だけではなく、月読の存在に気づかなかったのは、夏樹たちも同様だ。
顔を上げた月読は苦笑した。
「いいのです。神がその気になったら人は気づけません。特に私は、悲しいことに目立たないことに自信があるのです。ごほんっ。それはいいのです。私は土地神ではありませんし、姉と違い、それなりにやることもありますが、相談などはお受けしますので、気軽におっしゃってください」
「よ、よろしいのですか」
「はい。きっと姉がいろいろご迷惑をおかけするでしょうから、フォローはさせていただきます。必要があれば、私の力も貸しましょう」
「ありがとうございます!」
月読命という力強い神のフォローを約束された水無月家は、全員が感謝をいっぱいにして深々と頭を下げるのだった。
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「実の弟に、土地神という立場を寝取られた件」
「いや、寝取られてはいないでしょ! つーか、どうやって立場を寝取るの!? もっと言うと、月読先生に怒られたのに全然懲りてないね、あんた!」