作品タイトル不明
45「風呂上がりの一杯は最高じゃね?」
立派な富士山が描かれた壁画に夏樹は懐かしさを覚え、ジャックは「Oh! Japanese Fuji!」となぜか急に外国人旅行者みたいになった。
「これだよ、これこれ。やっぱり銭湯には富士山が描かれていないとね」
「だよね。日本の心!」
感動に震えるジャックだが、さすが紳士である。決して他のお客さんに迷惑にならないようにはしゃいでいる。
海外の方が銭湯に喜ぶのを悪く思う人はいないので、常連客たちも笑顔だ。
夏樹は久しぶりに足を伸ばせてのんびりできるお風呂に入れるのでご機嫌だ。一登も心なしか嬉しそうにしている。
「よし。とりあえず身体を洗おう。シャンプーとコンディショナーは持ってきてあるぜ!」
「さすが夏樹くん!」
「ふっ、異世界で勇者でしたから」
せっかくなのでジャック、夏樹、一登の順で並んで背中を洗いあって、きゃっきゃっうふふな時間を過ごす。
上から下までさっぱりした夏樹たちは、いざ、浴槽へ。
「――あつっ」
相変わらず熱めに設定されているお湯の温度が心地いい。
ゆっくりと沈み、壁に背を預けて、寄りかかると足を伸ばす。
タオルを頭の上に乗せると、「ふいー」と思わず声が漏れてしまう。
隣にはジャックと一登も気持ちよさそうに湯船に浸かっている。
「あー。染み渡るんじゃー」
「小梅殿の口調になっているぞ、友よ」
「ははは」
身も心も日本人である夏樹は、お湯に浸かる幸せを噛み締めていた。
そんな時だった。
隣のお客さんが、小さく笑う声が聞こえた。
「皆さん、お元気ですね。地元の方ですか?」
「あ、はい。もしかして騒がしかったですか? ごめんなさい」
「いえいえ。誤解させてしまいすみません。楽しそうだったのでついお声をかけてしまいました」
柔らかな笑みを浮かべ、どこか安心するような声をかけてきたのは、外国人の男性だった。
年齢は三十を過ぎたくらいだろうか。
痩せ細った身体に、波打つ黒髪を湯船に浸からないように頭の上で結っている。端正な顔立ちをしているが、無精髭と頬が痩けているので不健康そうにも見えるが、どちらかと言うと人の良さそうな印象の方が強かった。
だが、何よりも目につくのが、頭部に巻かれた荊だった。
(……なんだろう。知らない人なのにどこかで見たことあるような気がする。お忍びの俳優さんかな?)
「ならよかったです。俺たちは地元っす。近所に住んでいて、よく来るんですよ」
「どうもです!」
「こんにちは」
愛想よく話をする夏樹に続き、一登とジャックも挨拶をする。
ジャックは地元民ではないが、お風呂で会っただけの人に細かく話す必要はないと思い、特に説明はしなかった。
「いいですね。私が暮らしている青森でも銭湯はあるんですが、昔に比べて減ってしまいましてね」
「あー、青森もそうなんですか」
「人も減りましたし、若い子が銭湯離れといいますか、肌を見せるのに抵抗があるのかもしれませんね。君と彼は、中学生でしょうか?」
「はい。俺が中学三年生と、こっちが二年生です。あの、なんで青森から?」
興味本位で尋ねてみると、男性は苦笑した。
「父がこちらに住んでいまして。差し入れをするためにドライブがてら遊びに来たんです」
「へー」
「親孝行な御仁だ。素晴らしい」
「お父さん、向島にいるんですねぇ」
ジャックと一登も会話に混ざり、他愛無い話をしていく。
学校のこと、向島市のこと、食事のおすすめの場所や、ちょっとした遊ぶ場所など、夏樹と一登が教えると、彼は嬉しそうに頷いてくれた。
そのまま一緒に上がって着替えると、四人で並んで腰に手を当ててコーヒー牛乳を一気飲みした。
「うまー!」
「ふむ。独自の味がして素晴らしい」
「銭湯ならこれだよね!」
「ふふふ。君たちと仲良くしたおかげで私まで奢っていただいてしまいました。これも主のお導きですね。君たちとの出会いと、店主殿に感謝します」
微笑んだ男性は、思い出したようにハッとする。
「そういえば、名乗りもせず失礼しました。私は青森で大工をしている……親しい者からはよっちゃんと呼ばれています。ぜひ、よっちゃんと呼んでください」