作品タイトル不明
76「杏のけじめじゃね?」②
(――よかった、よかった。お母さんも杏さんもこれで新しい一歩が踏み出せるはずだもんね)
この狭い向島市でふたりが今まで再会していなかったことの方が不思議だ。
母の離婚後、杏がどうしているのか心配していた。
三原優斗と本格的に一緒に行動していることをどこかで聞いたのだろう。その心配は大きくなっているようだった。
対して、夏樹は何も心配していないどころか、気に留めていなかった。そのせいかもしれない。母は杏の話をしなくなったのだ。
(俺が異世界に召喚されたことで杏さんが立ち直ったと思えば納得も……あ、駄目だ納得できない。小梅ちゃんとか銀子さんたちと出会えたことって死ぬまで一番嬉しいことだと思うけど、それでも…………べ、別に異世界に行った意味があったなんて認めないんだからねっ!)
「――ねえ、夏樹くん」
「え? べ、別に返事なんかしてあげないんだからね!」
「ど、どうしたの、急に、頭腐った?」
「……めっちゃ辛口じゃん。考え事していたから変な返事になっただけだよ」
「どんなまもんまもんなことを考えていたらツンデレな返事になるのかわからないでまもんまもん」
「俺にしたら、青森に収容されているマモンさんがまもんまもん系インフルエンサーになったことの方がわからないけどね! すげぇ!」
「まもぉん」
どやぁ、みたいな顔をするマモンに苦笑した一登は、小さな声で夏樹に耳打ちする。
マモンも耳を傾けて聞いた。
「杏がさ、春子おばさんと和解できたのはすっごくいいことなんだけど、これって今後の展開ってどうなるんだろう?」
「展開? 友人として関係を再構築していく所存です」
「夏樹くんのことじゃなくてさ、杏のお父さん、誠司おじさんと春子おばさんのことだよ」
「あー」
(――マジでどうなるんだろう?)
春子と誠司は離婚したくてしたわけではない。
決めたのはふたりであるが、あくまでも子供たちに悪影響が起きないようにと考えた末の結果だった。
夏樹が知る限り、母が離婚に関して杏を悪く言ったことはない。誠司とも、杏が異世界に行ったことで行方不明扱いされた時に連絡が取れていたので、完全に縁が切れているわけではないだろう。
もしかしたら、夏樹と杏が知らないところで、お互いに近況報告くらいはしていたのかもしれない。
(思い返せば、誠司さんのことをパピーとちゃんと呼べていたのか記憶がないや。なんせ今よりも小さいボーイだったから……でも、いい人だったよなぁ)
母との離婚後にまったく会わなかったわけではない。
会えば気遣いの言葉をかけてくれる優しい人であることは変わっていない。
杏を心配して昔より痩せた気はするが、今後は大丈夫だろう。
「……さすがに再婚ってことはないでしょう?」
「そう、だよね」
誠司と頻繁にやりとりしていた一登にしてみたら、彼のことが気になるのだろう。
夏樹も気にならないわけではないのだが、さすがに再婚は難しいと思う。
「真面目な話、ほら、今さ、俺の家って異界じゃん」
「……自分で異界って言っちゃうのがなんとも。でも、そうだね」
「スーパー美脚天使に霊能力系警察官、イケメンカップルと思いきや実はグレイですなふたりもいるし。有名配信者にして男の娘や、いつの間にか台所を預かる魔王もいるじゃない」
「いるねぇ。そこにギャラクシー河童勇者もいるねぇ。他のみんなも出入りするもんねぇ」
「お母さんだけでもファンタジーを隠すのが大変なのに、誠司さんにまで隠し切れなくね?」
「むしろ、春子おばさんがファンタジーに気づいていないのがファンタジーなきがするけどね!」
ごもっとも、と夏樹は頷くしかなかった。