作品タイトル不明
75「杏のけじめじゃね?」①
「夏樹ったら、河川敷で遊んでいないで早く帰宅しなさい。一登くんと……杏ちゃん?」
夏樹は一登を顔を見合わせた。
杏のことは母にも話をしている。
話をして関係が改善したことや、杏が過去のことを心から反省していることも。
母は夏樹から話を聞き、喜んでくれていた。
それは間違いない。
関係こそ壊れてしまったが、春子が一度でも娘だった杏のことを気にかけていないわけがない。
時には優しすぎる母ではあるが、その優しさが夏樹にとっては眩しく見える。
杏の父綾川誠司と共に後日ちゃんとした席で謝罪することになっていたのだが、まさかこのタイミングで遭遇してしまうとは思わなかった。
「……杏ちゃん」
春子に二度名前を呼ばれた杏がびくり、と身体を震わせた。
(――どうすればいいの!?)
杏は、早く謝りたいと言っていたが、春子側にも出迎える心の準備が必要だろうと誠司たちと相談して日取りを決めていたのだが、こんな不意打ちのように再会してしまうとどんな反応をすればいいのかわからないだろう。
夏樹と一登だってどんな反応をすればいいかわからない。
「あの、お母さん、前も言ったように杏さんとは和解と言いますか誤解があったといいますか、なんやかんやあったのでこうして新たな友情を構築しようと努力しているといいますか、えー、今日も買い食いをして夕日を見て感動していたところなんです」
「――夏樹、静かにしなさい」
「――はいっ!」
夏樹は口を紡ぎ、直立不動となった。
母の許可がない限り、ぴくりともしないだろう。
春子の圧のある声に、一登とマモンも背筋を正して夏樹の横に並ぶ。
夏樹たちを一瞥することなく、春子は杏から視線を外さない。
杏も瞳を震わせるも、視線を逸らすことはなかった。
「――杏ちゃん、もう大丈夫なの?」
春子の言葉は短かったが、たくさんの想いが込められているような気がした。
「――はい、はいっ!」
杏もそのことを理解したのだろう。
泣きそうな顔をして、返事をする。
「――よかった。本当によかった。ずっと杏ちゃんのことを心配していたの。でも、もう大丈夫なのね。本当によかった」
「……春子さん……ごめんなさい。ずっとずっと謝りたかったんです。本当に、ごめんなさい!」
「いいのよ」
春子は杏を抱きしめた。
強く、強く抱きしめた。
「本当によかった。よかったわ、杏ちゃん」
「ごめんなさい、春子さん! ごめんなさいっ!」
春子と杏が涙を流しながら、お互いを強く抱きしめ合った。
親子に戻ることができるかどうかは難しいかもしれない。
だけど、夏樹が杏と兄と妹ではなく友人として関係を再構築しているように、春子も杏と母と子とは違う関係を育むことができればと夏樹は心から思った。