作品タイトル不明
63「ハードボイルドじゃね?」
夏樹は河川敷の石段に河童さんに挟まれて座りながら、夕陽を眺めていた。
オレンジ色に向島市の街並みが染まっていく。
「……ねえねえ、一登。お兄ちゃんどうしちゃったんだろう? あと、河童さん触ったら怒ると思う?」
「死の神に勝てないって言われたのがショックだったんじゃないかな。河童さんは触っても怒らないと思うけど、夏樹くんの隣にいる河童さんじゃなくて他の河童さんにしなよ。おーい、あ、ちょっといいですかー?」
遠くを見て考え事をしている夏樹を見守るのは、一登と杏だ。
こういう時は小梅と銀子の出番かと思って少し前に連絡をしておいた。
小梅と銀子も揃って「家に帰ったら美脚を用意しておく!」と言ってくれたのだが、なんか違う。
そうじゃない。そうじゃないんだ、と言おうと思ったが、諦めた。
美脚は美脚で夏樹が喜ぶことは長い付き合いで知っているからだ。
(夏樹くんは負けず嫌いだけど、それ以上に誰かが傷つくことが嫌いだからなぁ。今まで神や魔族、新たな神々、異世界人と戦ったのも、俺たちを傷つけないためってわかっているんだよ)
その時、一番強い敵と戦うのは絶対に夏樹だった。
ふざけた言動をしていても、いつだって夏樹は一登たちのことを気にかけている。
そのことを感謝しているし、足手纏いになってしまっているのだと申し訳ないとも思っている。
夏樹が守らなくてもいいように強くなりたいと願っている。
相棒となった火輪の剣の訓練も、異世界から帰ってきてから行っている。
それでも、夏樹がいる場所は果てしなく遠いのだ。
「きゃぁっ、かーわーいーいー!」
一登が悩んでいる間に、杏は子河童を抱きしめてもにゅもにゅしている。
デフォルメされた人形のような河童は確かに可愛いのだが、血の繋がりがないのに本当に兄と妹だよなぁと思う。
(杏が自分のこと杏っていうのも、夏樹くんが自分のことなっちゃんていうのと同じだし。基本的に行動が同じなんだよなぁ。さすがに杏は夏樹くんほど奇行しないし、大暴れもしないけど……そう考えるとあのクソ兄貴って本当に余計なことしていたよな。恋愛関係は絶対にならなかっただろうけど、息の合う兄と妹として仲良かったはずなのに……)
夏樹と杏が親しかったのは一年くらいだ。
それでもここまで似ている面が多いのは、似たもの同士なのだからのはずだ。
そんなふたりを邪魔していた兄のことを許せないと思いながらも、夏樹と杏の破天荒な二人に振り回される日々を想像すると、ちょっとだけ、本当にちょっとだけだが背筋に嫌な汗が流れた。
「――やっぱり修行しかない」
「待って、待って、夏樹くん! 急に結論出したみたいになっているけど、修行は千手さんも駄目だっていったじゃない!」
すっ、と立ち上がって覚悟を決めた顔を夕日に照らす夏樹に一登が飛びつく。
一応、一登はお目付け役だ。
千手も夏樹がおかしなことをしないように見張りたかったようだが、叫びすぎて喉が痛いので耳鼻咽喉科に予約を入れていて、残念ながら現在診察中だ。
「聞いてくれ、一登。俺は……死の神を倒す。俺は、この街の人たちを、いや、この世界を守りたいんだ!」
「それで、本音は?」
「あの死の神めっ! このなっちゃんをスルーしやがって! ぶっ殺して引き裂いてけっちょんけっちょんにしてやる!」
「……夏樹くぅん」
「あ、しまった! つい本音が! 俺のお馬鹿さん!」
物思いに耽っていたのはどうやら外側だけで、内側では碌でもないことを考えていたようだ。
しかし、死の神と戦うことは決定事項のようだ。
「――覚悟の決まった顔をしているな。ボーイ」
背後から、歌手のような低く耳に心地よいバリトンボイスが響いた。
「――あなたは!? まさか!」
「この坂を転んだ時から大きくなったな、ボーイ」
「や、やはり! 俺を助けてくれた河童さん!」
「ええっ、この河童さ……なんかトレンチコート着てるぅうううううううううううううう!」
一登の叫び通り、バリトンボイスの河童さんはトレンチコートを身につけていた。
どこか風格のある河童さんは、夏樹に近づいていく。
「成長したボーイを見ることができてよかったが、どうやら向島の風は少し冷たいな。おそらくボーイが戦おうとしている敵と関係があるのだろう」
「ハードボイルド!」
「よしてくれ。俺は所詮、流れの河童さ」
「無駄にかっこいい!」
「耳が幸せ!」
デフォルメされた河童なのに、どうしてこんなにもかっこいいのだろうか。
夏樹と一登は心を鷲掴みにされていた。
「――力が欲しいか?」
「……まさか、河童さんが?」
「いや、俺はただの河童さ。ボーイを導けるほど、強くない。だが、ボーイを導ける者は知っている。ついてきな」
トレンチコートを翻し、河童さんは河川敷を降りていく。
夏樹と一登、河童の子供を抱っこした杏が続いた。
「そうそう、名乗っていなかったな。俺はジェイソン。しがない河童さ」