作品タイトル不明
60「死の神は何を思うか、じゃね?」①
向島市を出た死の神は、加座間吉座個人の拠点にしている家に着くと股間を押さえて呻く吉座を床に転がした。
青い顔をして背中を丸めて小刻みに震えつける吉座の痛みを、死の神は理解できない。
死の神として存在してから一度も股間を蹴られたことがないからだ。
「――吉座様!」
家の中で待機していた人間たちが慌てて駆け寄る。
しかし、吉座は話すことができないほど苦しいらしい。
なんとか口を動かそうとしても、呼吸すらやっとのようだ。
「あ、あの、死の神様……吉座様になにがあったのでしょうか?」
霊能力者である女が死の神に尋ねる。
聞かれたことには正確に答えよう。
「加座間吉座は人気のない場所で中学生を襲って返り討ちにされ、股間を蹴られた」
「――えっ!?」
女が心底驚いた顔をするが、よくわからなかった。
由良夏樹は絶望の神や門の神と戦い勝利した人間だ。
加座間吉座程度が襲撃しても返り討ちになることはわかっていたことだ。
成功したことしか考えず、高笑いをする吉座に「やめておけ」と何度か言ったことはあるが、本人がやる気だったので仕方がない。
こういう人間は人の話を聞かないものだ。
「そんな、中学生を襲ったなんて」
「事実だ」
「……失望しました」
「相手が悪かった」
「それ以前の問題です。我々は、未成年を襲うような人間に仕えていたなんて」
「知らなかったのか?」
「はい。我々は確かに、加座間源蔵様を裏切り吉座様につきました。しかし、それは我々の立場をよくしようと考えたからです。決して、いたいけな未成年を、それも中学生を襲うためではありません!」
「そうか。残念だったな。ただ、負傷しているのは事実だ。文句を言うでも、言わずとも、治療はしてやれ」
「……はい」
女は不服そうだったが、吉座の腰に治療をはじめた。
人間の感情はよくわからない。
由良夏樹の襲撃は事前に通達されていたはずだが、なぜ今になって憤っているのだろうか。
疑問を覚えたが、それだけだ。
尋ねてまで知りたいことだとは思わない。
「私は用事がある。あとは勝手にしておけ」
「かしこまりました」
女にそう言って、死の神は家を出る。
仕事はした。
報酬は事前にもらっているが、使うのは仕事のあとだと決めている。
それが契約だ。
「……由良夏樹は厄介だが、他の有象無象は問題ない。気になる人間がひとりいたが、姿を見せなかったので、まあいいだろう。どうせ月読命に把握されたはずだ。しばらく動けまい」
新たな神々の新しい神話も、太陽の神の復活も興味がない。
死の神が、今、考えることはひとつだけ。
「あ、お兄ちゃーん!」
――病に苦しむ少女の行く末だけだった。