作品タイトル不明
67「勇者案件の予感じゃね?」
「も、もしかして、いつるさんもレベルアップ経験者なんですか!?」
夏樹は震える声で、いつるに尋ねた。
しかし、いつるは首を左右に振る。
「いえ、残念ですが、私はレベルアップしたことがありません。ですが、噂で聞いたことがあります。勇者という選ばれた者だけが、レベルアップを経験できるということを」
「……勇者案件だった!?」
河童さんは「レベルアップってなんだよ、しねーよ」と困った顔をしている。
いつるは静かに頷いた。
「おじいちゃんもレベルアップを経験したと聞いたことがあります。ただ、おじいちゃんであっても、どのような経験を積めばレベルアップするのかわからなかったそうです」
「師匠もレベルアップ経験者だったのか。でも、経験値の溜まり方がわからないのは、俺たちと同じ……くっ、そもそも俺のレベルはいくつなんだ!」
レベルアップ以前の問題だ。
夏樹は、自分のレベルがいくつなのかさえ知らない。
これは一登と杏も同じだ。
ただ漠然とレベルアップと言われても、困る。
もっと詳細な説明がほしい。
「……そうですか、夏樹くんはレベルアップができるんですね」
「いつるさん?」
「正直、羨ましいです。おじいちゃんのようになりたくて、数々の経験をしてきましたが、ついに勇者にだけはなることができませんでした」
「……いつるさん」
慰める言葉がわからない。
夏樹にとって勇者はなりたくてなったものではない。
それでも、今はなってよかったと思う。
勇者になったから、出会えた人たちがいるのだ。
直向きに祖父を慕い追いかけるいつると勇者に対する感情は違うが、欲するものをどれだけ手を伸ばしても手に入らない気持ちはわかる。
「いつるさん、わかるよ。俺も勇者よりも、聖女になりたかった」
「……さすがにそれは無理でしょう」
「あれー?」
河童さんたちも「ねーよ!」と夏樹の脇腹に拳を叩き込む。
「しかし、夏樹くんの周りは不思議ですね。勇者が複数人いる」
「そうだね。俺が海の勇者で、一登が火輪の勇者で、祐介くんが大地の勇者で、千手さんがツッコミの勇者か。杏さんは……なんの勇者だろう?」
「……ひとりだけ、変な人がいませんでしたか?」
「祐介くんのこと? 彼はね、いろいろ大変な目に遭ったから暖かく見守ってくれると嬉しいかな」
「いえ、そうではなく」
いつるだけではなく、河童さんも「い、今、なんか違う人が混じっていたよね?」と動揺している。
いつるが明らかに異質な勇者がいることを指摘しようとしたが、
「くおぉら! 見つけたぞ、夏樹ぃいいいいいいいい! このサタンさんから逃げ出そうなんて三百日早い!」
「うわっ、サタンさんだ!」
「あ、ちょっと」
「じゃあね、いつるさん! また!」
「待てぇえええええええええええええええええ! 待たないと、シリアルキラーな精神科医みたいな厳重な拘束して三郎のところに連れていくぞぉおおおおおおおおおおお!」
「それはいやぁああああああああああああああ!」
夏樹は逃げ出した。
魔王だろうがなんだろうが、逃げ切って見せると全力ダッシュする。
「逃げるなぁああああああああああああああああああ!」
河川敷を中学生とハリウッド俳優顔負けなイケおじが全力で追いかけっこする光景は、控えめに言って「異質」だった。
「やれやれ。夏樹くんは本当に愉快ですね」
河童さんが同意するように「うんうん」と頷く。
「しかし、なぜ彼の周囲には勇者が集まっているのでしょうか。偶然? それとも、勇者が必要な何かがあるというのですか? いえ、そんなことはありませんね」
いつるは、「え? 今の伏線? フラグ?」と動揺する河童さんに手を振ってジョギングに戻っていく。
勇者になりたくてなれなかったいつるは、少しだけ夏樹を羨ましく思った。