作品タイトル不明
64「花子さんは仕事が早い天使じゃね?」
水無月俊平は憤っていた。
「――都め……父を無視するとはなんという無礼な! 茅はどういう躾をしていたんだ!」
実子である都に、無視されていたことがよほど腹に据えかねているのだろう。
しかし、都は無視したわけではない。
――気づきもしなかっただけだ。
「子育てもまともにできない女が当主になることに僕は反対したんだ。今からでも、遅くない。僕が水無月家の当主となって……くふっ」
水無月俊平は、水無月家の分家である。
特に才能があるわけではなく、霊能力者として凡人以下だ。
そんな俊平が水無月本家の茅に結婚相手に選ばれたのは、「何もできないから」である。
他一族から夫を迎える予定だったが、水無月茅はみずちを愛していた。
そのことを知っていたからこそ、夫になっても特に問題のない才能がない人間を分家から引っ張ってきた。それだけである。
散々、政略結婚であり、でしゃばるなと口を酸っぱくして言われたにも関わらず、俊平は「僕が優秀だから、本家から欲しがられている! 茅は僕にベタ惚れだ!」とどうやって脳内変換したのか疑問なほど自分に都合のいい思い込みをしたのだ。
とはいえ、霊能力者としてだけではなく、日常生活においても凡人以下である俊平は、権力を使おうとしても、上手く使えない。使用人に偉そうにしようとしても、少し睨まれると小さくなる。金を使って愛人を囲おうとして、騙され金を奪われた。
雲海と星雲に何度注意されても、時には殴られても、愚かなことを続けた。
挙げ句の果てには、茅が都を宿すと、もう役目は終わったとばかりに「僕をこの狭い牢獄から解放してくれ! 僕に、自由の翼を取り戻させてくれ!」と意味わからないことを言って家から飛び出した。
政略結婚とはいえ良好な関係を築こうと努力していた茅でさえ、「はぁ?」と呆れてしまった。
「僕は春の風だ!」と叫んで家を出て行ってしまった俊平を探す者は誰一人としていなかった。
そして、現在。
すでに水無月茅は俊平と離婚している。
分家も俊平と絶縁済みだ。
生まれたばかりの都の顔さえ見たことがない俊平が、よく父親だと会いに来れたものである。
「夫の僕を探していないことを謝罪するまで戻るつもりはなかったけど、僕のためにみずちを殺したって聞いたから戻ってきてあげたのに!」
勝手に消えて勝手に戻ってきて勝手に憤る。
水無月俊平はこんな男だった。
「許さない! 僕自ら仕置きをしてやる!」
拳を握りしめる俊平。
そんな彼の肩と、とんとん、と叩く者がいた。
「なんだよ!?」
「天使様よ!」
「ひっ」
背後にいたのは天使にして向島市の土地神業務を行なっているルシファー・花子だ。
「こんな美女を見て悲鳴あげるなんて、いい度胸ね。足か腕か選ばせてあげるわ」
「な、なにを選べって」
「どっちの骨を折られたくないのか、よ! 嫌な方を折ってあげるわ!」
「ひいっ」
「土地神パトロールしていたら、人様の敷地でぎゃーぎゃー騒ぎやがって。うざいし、なんかきもいし、とりあえず不審者だからぶっ飛ばす!」
「き、貴様! 僕をぶっ飛ばすだと!? 僕を誰だと思ってぺちゅる」
俊平が唾を飛ばして叫んでいたが、最後まで言葉を聞くことはなく花子が拳を顔面に叩き込んだ。
「うるせえ!」
「ひ。ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
鼻血を流して口周りを真っ赤に染めた俊平は、涙を流しながら逃げ出す。
「はぁ。暖かくなったせいか変なのが出てきたわねぇ。まったく、土地神って大変ねぇ。さてと、お家に帰って雲海おばあちゃんの美味しい晩御飯たべーよっと!」