作品タイトル不明
58「一登と杏じゃね?」
三原一登と綾川杏は、ゆっくりと向島市の街並みを歩いていた。
夏樹たちは星崎姉妹を春子に紹介するため、ダッシュで帰宅している。
ガープが送ってくれると言ってくれたが、一登が杏を送ると言うと、何かを察したようで親指を立ててくれた。
ゴッド、リリス、アマイモンたちに挨拶をして、ふたりで帰路についていた。
会話はなかった。
沈黙、というよりは、お互いに何を話そうと考えている。
しばらくして、最初に口を開いたのは一登だった。
「誠司さんはどう?」
綾音の父、綾川誠司は現在も夏樹と一登と連絡をとっている。
もともと穏やかで面倒見の良い人だったので、ふたりのことを気にかけてくれているのだ。
ただ、夏樹には少し複雑な感情を抱いていた。義理の父親だったが離婚してしまったことから、連絡してもいいものかと悩んでいるようだ。
そのせいか、一登と連絡を取ることが多い。
一登は、誠司と父のようにといよりも、親しい親戚のおじさんという感覚で接している。
向こうも、甥っ子のように接してくれているので、関係は良好だ。
「……うん。元気だよ。杏はめちゃくちゃ怒られちゃったけど、泣かれもしちゃった」
「それだけ心配していたんだよ」
「そうだね。とっても反省しているよ」
かつての杏であれば、「私は悪くない」と誰かのせいにしていただろう。
だが、今の杏は違う。
今日、一日接してみて、本当に良い意味で変わっている。
きっとこれからの杏は大丈夫だろう。
(意外と、夏樹くんが杏に素っ気ない態度をとらないでくれたからよかった。若干の距離はあるけど、友人くらいには落ち着いてくれると思うかな)
なんだかんだと言って、夏樹と杏は似ていることがある。
例えば、杏は自分のことを「杏」と言うが、夏樹もたまに自分のことを「なっちゃん」と言う。
驚くと外国語が出てくるところも同じようで、正直、その辺りの意味はさっぱりわからないが、まあ似ているということでよしとしよう。
「どこまで話をしたの?」
「……全部」
「全部?」
「うん。ファンタジーのことや、お兄ちゃんがギャラクシー河童勇者さんだってこと」
「…………ギャラクシー河童勇者は省いてよかったんじゃないかな? おじさん困惑していなかった?」
「とってもしてた。ファンタジーの件を話した時よりも、ギャラクシー河童勇者さんのことを話した時の方がリアクションすごかったもん。夏樹くんは河童だったのか、って、一応人間だよって説明するのが大変だったもん」
「一応、じゃなくてちゃんと人間だからね!」
人間の枠を超えた力を持つ夏樹であるが、ちゃんと人間だ。
杏が「一応」とつけてしまったのは、ことあるごとに夏樹がギャラクシー河童勇者を名乗るからだ。
人によっては、河童だと受け取ってしまうかもしれない。
それ以上に、ギャラクシーってなんだよ、と突っ込むだろうが。
一登も夏樹と一緒に宇宙に行き、あの星々の美しさを見て、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている身としては、ギャラクシーと言いたくなる気持ちはよくわかる。
「あとね、サタンさんがお父さんと知り合いだったみたいで、家に来て話をしてくれたの」
「サタンさんが?」
「うん。聞いたら、バーで知り合ったらしくて、良い人だって」
「だよね。魔王だけどいい人だよね」
サタンが春子に懸想していることは一登も知っている。
誠司は、春子に対し、今はどのような感情を抱いているのだろうか。
いや、無粋だな、と一登は考えるのをやめる。
「杏」
「うん」
「今までいろいろあったけどさ」
「うん」
「俺たちの人生ってこれからが長いんだ。良い方向に進むと思うよ」
「うん。うん」
「俺も、次、杏が間違えたら、今まで以上に本気でぶつかるから、覚悟しておけよ」
「――ありがとう、一登」
「いいよ。幼馴染みじゃん」
かつて一登は杏に想いを寄せていた。
子供の淡い気持ちだった。
恋とは言えないかもしれない。
好意の延長線上だったのかもしれない。
(――うん。もう、大丈夫だ)
気持ちが整理できていることを自覚した。
ちゃんと杏と、友人としてこれからやっていける。
そんな思いが胸の中にあった。