作品タイトル不明
69「月読先生やばくね?」
幸せの神ことハッピー・幸子は向島市の海の上を飛んでいた。
「あはははは! 人形を処分しにきただけだったのに、おもしろいものが見れたなー! 今後もちょこちょこ向島市に来ちゃおうかな?」
「――それはご遠慮願いたいですね」
「――っ」
太陽の照り返しが暑いくらいの海上で、息も凍るような寒気を覚えた。
動きを止めたハッピーは、ゆっくり振り返る。
「――月読命」
「はい。月読命です。こんにちは」
海面に静かに立つのは、茶色いスーツに身を包んだ銀縁眼鏡をかけた白髪の男性――月読命だった。
「最初に言っておくけど、今の君じゃ僕を殺せないよ」
「かもしれません。ですが、あなたでは私を殺せない」
冷や汗をかくハッピーに対し、月読は無表情だ。
声にも何も感情が籠っていない。
まるで精巧な人形でも見ている気分になってしまう。
「せっかくの休日に、まさか幸せの神が生徒に代わってやんちゃをするとは思いませんでしたよ」
「あのね、君の生徒の力を与えたのは人形の暴走で、喧嘩を売ってきたのも愛ちゃんと花子ちゃんだから」
「いえ、そこは特に気にしていません」
「うわー、ひどい先生だ」
「いくら若いとはいえ、やっていいことと悪いことは教えています。力を与えられて道を誤るのであれば、残念ですが、私の知らぬところです」
「ま、そうだよね。神様って人間の干渉は最低限だもんね」
「ええ、あなた方が関わりすぎているだけです」
土地神でさえ、管理する地を守護しているだけで人と個々に関わることは稀だ。
古の時代ならいざ知らず、現代ではなおさら神と人の関係は希薄だ。
「そんな冷たい月読先生が僕にどんな用事かな?」
「身構えずとも何もしませんよ。ただ、尋ねたいだけです」
「えー、もしかして僕のスリーサイズとか? さすがに教えられないかなぁ」
「ははは、興味ありません」
「……それだけ無表情に興味ないって言われたのは初めてかな」
月読が自分に対して微塵も興味を抱いていないことがわかり、自尊心が傷つく。
だが、それでもいい。
この神に関心を持たれてしまった方が、いろいろやり辛い。
「はいはい。尋ねたいことって、じゃあ、なにさ?」
「よかった。話を聞いてくれるようで何よりです。では、遠慮なく」
「――不死の神の居場所をご存知ですか?」
「……あー、やっぱりそっちかぁ。月読命は門の神にご執心って聞いていたけど、本命はそっちかー!」
「どちらも厄介な神であることは変わりません」
月読は、変わらず感情を見せない。
「誤解されていますが、私は新たな神々に寛容です」
「嘘だぁ!」
「困りましたね。学校の神や美脚の神を保護しているのですが。私ほど、寛容な神はいませんよ」
ハッピーの両肩に月読が背後から手を置く。
「その証拠に、私はあなたに何もしていない」
「――――っっ」
見えなかった。
全く見えなかった。
月読は動いていない。
力も使っていない。
――はずだ。
何もしていないのに、見えなかった。
何かをしたのだろう。
したはずだ。
だが、まるでわからない。
「おっと、失礼。女性に無闇に触れるべきではありませんでしたね」
月読が離れると、心臓が跳ね、汗が吹き出た。
「どうかしましたか?」
「べ、べつに」
動揺をなんとか抑えて平静を装うも、おそらく相手にはお見通しだろう。
「私は、新たな神々の十天にもさほど興味がありません。幸せも、祝福も、飢餓も、死も、猛暑も、寒波も、花粉症も、善行も、愛も、人の世界には当たり前に存在しています。しかし、不死は違う」
淡々としている月読が、十天の神々を把握していることを驚くしかない。
「不死はいけない。人には、神にも、魔族にも、本当の意味で不死はいない。命あるものはいずれ死ぬ。この星でさえ。ゆえに、存在を認められない」
「な、なるほどね。ようやく君の行動理由がわかったよ」
「不死の神を殺すことがすべてではありませんが、優先順位は高いですよ」
月読は改めて問う。
「――不死の神はどこにいますか?」
ハッピーは、否、幸せの神は首を横に振った。
「悪いけど、知らない。本当に知らない。私は、今まで会ったことがない。存在は知っている。知っているけど、不死の神は何もしていない。何もせず、存在しているだけ。だから、どこにいるのか、何をしているのか、姿形でさえ知らない」
「――信じましょう」
幸せの神は心から安堵した。
目の前の神は、自分を殺せない。
殺せないはずなのに、恐ろしくてたまらない。
これが神か。
これが古き神か。
自分たちとの違いを突きつけられた気がした。
「ありがとうございました」
月読命は初めて微笑んだ。
しかし、その顔も作り物にしか見えない。
「貴重な時間をありがとうございました。できれば、向島市には関わらない方がいい。私よりも怖い怖い勇者がいますからね。今は力はそれなりですが、いずれもっと強くなる。迂闊に関わると、門の神や絶望の神のようになりますよ」
「……ご忠告どうも」
「いいえ。重ねて言いますが、私は新たな神々に寛容ですので。困ったことがあれば、いつでも尋ねてきてくださいね」
そう言い残し、月読命は音もなく消えた。
目の前にいたはずなのに、いなくなった。
「あれが、神か。あれが、古き神だ! あはははははは! 僕は、僕たちも、いずれああなる! なってみせる! あははははっ! あはははははははははは!
笑い続けていた幸せの神は、強い嫉妬から力任せに神気を海面に放った。