作品タイトル不明
68「ハッピーってなくね?」
幸せの神の身体は、腹部から上を残して消し飛んだ。
「――あ、あ」
息も絶え絶えに、彼女の喉から力ない声が漏れる。
「……死んでないのはさすが、神ね」
「わ、私が全力で障壁張ったおかげで周囲に被害出さなかったんですけど! 感謝してくれます!?」
「あ、ごめんごめん。周辺被害を忘れてたわ。ありがと!」
「いいよ!」
花子は愛ちゃんに親指を立てた。
愛ちゃんも親指を立てて返す。
「んじゃ、とどめ刺すわね」
「はいはい、さくっとやっちゃって」
一度でも敵と認識した相手を完全に殺すまで手を抜くつもりはない。
花子は再び光の槍を手にし、何もせず消した。
「……死んだわ」
「そうだね」
わずかの間に、幸せの神は目を開き、口を開けたまま絶命していた。
「いやー、すごいな! すごいよ! まさか僕の人形を壊しちゃうなんて! さっすがルシファーだね!」
「――な」
「――え」
つい先程まで聞いていた声が背後から響き、弾かれたように花子と愛ちゃんが振り返る。
「やあ! 僕が――幸せの神だよ!」
今まで花子が戦っていた幸せの神と瓜二つの少女がいた。
違いがあるとするのなら、黒髪はショートカットに切り揃えられ、衣服もハーフパンツにオーバーサイズのTシャツを重ね着している。
くるくる指で帽子を回す姿は、そこらにいそうなボーイッシュな少女にしか見えない。
「あはははは! なにその驚いた顔! まさかこんなに弱い人形が幸せの神だと思っていたの? だったら、僕――がっかりだなぁ」
少女からは力を全く感じない。
魔力を抑えることはできる。
人に影響を与えないように、自分の実力を隠すように。
だが、目の前の少女からは『何も感じない』。
「……あんた……今、人形って」
「この子はね、図々しくも幸福の神を名乗って人を救って回っていた子なんだ。僕が幸せの神だよ? 僕だけが誰かを幸せにできる神なんだ! だから、お仕置きしたの。この子が幸せにした人間を全部ぐちゃぐちゃにして、この子を壊して、取り込んだの。僕の養分にしちゃった! この子はその出涸らし。せっかくだから人形にして使ってみたいんだけど、なんていうか、使えねー!」
花子と愛ちゃんが同時に拳を少女に放った。
――が、軽々と片手で受け止められてしまう。
「ちっ」
「……この」
「いやいや、なんで君たちが怒るのかわかんなーい! ていうか、この人形さ。それなりに使えるように力を分けてやったのに、その力を人間に分け与えるとか暴走していたみたいでね。回収しに来たんだけど、ぶっ壊してくれて良かったー!」
少女はふたりの手を離し、笑う。
悪意がない。
無垢な笑顔だった。
「ありがとう! お礼に幸せにしてあげるよ! えっと、年収二千万円のイケメンだっけ? はいはい、んじゃ、ちょちょいと」
「――ふざけるな! 人は年収や顔で決まるわけじゃない!」
「……えー」
激昂する花子に、愛ちゃんが信じられないものでも見たような顔をした。
「あらら。いいなら、いいけど。本当にいいの?」
「いらないわよ! 一番大事なことは――ハートよ!」
「……えぇー」
やはり愛ちゃんが花子を見て変な顔をしている。
「うーん、じゃあ、後日、お中元でも送るね。コーヒーがいい? ハムがいい?」
「コーヒー!」
「ハム!」
「りょ、両方送るね」
いらない、と言われると思っていたのか、少女が初めて動揺を見せた。
だが、それもわずかなことだった。
少女が指を鳴らすと、人形と呼ばれた幸せの神が光の粒子となって消えた。
「じゃあ、僕はこれで。この地にはおっかない月読命がいるから、バイバイ!」
手を振った少女は、思い出したとばかりに手を叩く。
「そうだった。僕、名乗ってないよね。僕は、幸せの神――ハッピーって呼んでね!」
「――だっさ!」
「――だせぇえ!」
「えー、じゃあ、幸子でいいよ。ハッピー・幸子!」
少女――ハッピー・幸子は手を振り、消えた。
「やってくれるわね。私が結界を張ったのに、まるで存在しないように」
愛ちゃんが悔しそうな声を出す。
「ふう。とりあえず土地神としての仕事ができたから帰りましょう」
「……土地神はここまでしないと思うけど」
「そうなの?」
「わ、私は土地神じゃないからわからないけど」
「別にいいわよ。あ、うちくる?」
「……水無月家をうちって言うなよ!」
「いいじゃない! さーて、帰って雲海おばあちゃんに褒めてもらおーっと!」
翼を広げて宙に浮く。
「愛ちゃん、あんたはハッピーのように敵にならないでね?」
「大丈夫よ。私はなっちゃんの味方だから」
「……なっちゃん? ああ、由良夏樹ね。どう言う関係か知らないけど、敵にならないならいいわ。あんたを殺すのってめちゃくちゃ大変そうだし」
「私も花子と戦うのはめんどいから遠慮しておく」
「じゃあね」
「はいはい、じゃあね」
手を振る愛ちゃんが結界を解くと、花子が手を振り飛んでいく。
「はぁ、買い物するだけのはずが疲れた。あ、今ならスーパーの割引時間だ! ふっ、私の戦いはこれからだぜ!」
愛ちゃんは気持ちを切り替えて、新たな戦いに挑むためスーパーに向かった。