作品タイトル不明
65「愛ちゃんと幸せの神じゃね?」
愛ちゃんの眼前に傘の切先が迫った。
顔だけを動かし避けたはずが、愛ちゃんの頬に傷が走る。
「――乙女の顔を傷つけるなんて、よほど死にたいのね」
「それはこっちのセリフだ! 私を馬鹿にして、許さない!」
「馬鹿になんかしてないですけどぉー! 私ね、馬鹿に馬鹿なんて酷いこと言わないものー!」
再び傘が迫るが、愛ちゃんは拳で叩き落とした。
「言っておくけど、私って拳系だから!」
「愛の女神のくせにどこまでもふざけて」
「お前たちみたいに欲望優先にして生きているような神にそんなこと言われたくないんですけどー。人に迷惑をかけちゃらめぇって言われたことないのぉ?」
幸せの神の顔を掴み、愛ちゃんが宙を蹴った。
病院の屋上から、立ち入り禁止区画の浜辺に向かう。
「離せ!」
「お望み通りに」
力任せに幸せの神を投げ飛ばし、砂浜に激突させる。
地面が揺れ、砂が舞った。
「無駄に高そうなストライプスーツが砂だらけじゃない。家に帰って泣きながら洗濯すれば?」
「――お前を殺してから、ゆっくり洗うよ!」
両者の神が砂浜を蹴り、掴み合った。
「――ぐっ」
力は愛ちゃんの方が上だ。
神力も愛ちゃんが優っている。
だが、幸せの女神からはどこか不気味な気配がする。
「私は同じ新たな神々でも容赦無く殺すわ」
愛ちゃんは力任せに幸せの女神の両腕をへし折った。
皮膚から骨が突き出て、一泊遅れて絶叫が上がる。
神でも痛いものは痛いのだ。
再生するとしても、痛いのだ。
愛ちゃんの蹴りが幸せの神の鳩尾に刺さり、身体がくの字となる。
血と胃液を吐き出し、一瞬、白目を剥いた。
――しかし、次の瞬間、幸せの女神から膨大な神力が放たれ愛ちゃんが吹き飛ばされた。
砂浜を転がったがすぐに立ち上がると、ジャージについた砂を手で払い落とす。
「なんでガチバトルしているんだろ。せっかくの浜辺ならきゃっきゃうふふって追いかけっこしたいんですけど。ま、私って愛の女神だし? 可愛い人間たちのためなら身体を張っちゃう健気さんだし? 自己満足を満たすだけに幸せがどうこう言う頭のおかしい神とは違うしー?」
挑発を続けながら、愛ちゃんはこのまま幸せの神を殺してしまおうと決めた。
十天の中で「やばい」神だと言われているが、戦ってみてさほど強くない。
彼女の行動理由は不明だが、興味もない。
ここで殺してしまえば後腐れがないと考えた。
「……なんで」
「え?」
「なんで、邪魔するの? 私は、ただ、僕はただ、幸せにしてあげたいだけなのに!」
「あ、やべ。とっとと殺せばよかった」
肉体を再生した幸せの女神は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら襲いかかってきた。
どういう理屈か愛ちゃんと同等の神力となっているのが厄介だ。
「ていうか、こんだけ大暴れしているんだから誰かきなさいよ!」
愛ちゃんが文句を言うと、――ばさり、と音がした。
「――んん?」
「ちょっと、なんで私のシマで新たな神々が大暴れしているわけ!? もしかして、年収二千万の男に振られたの!?」
「そんな男いねえよ!」
――向島市の土地神であり天使であるルシファー・花子が太陽を背に翼を広げていた。