作品タイトル不明
32「千手さんはツッコミの紳士じゃね?」
夏樹たちが廃工場から出ると、
「千ちゃん! 淫魔どもの捕縛は終わったよ! いやぁ、千ちゃんのフィアンセ虎童子さんはよく働く子だね、七森家も安泰だ!」
「いやーん、お父様ったら。とらぴー照れちゃう!」
淫魔たちをロープで縛り上げている、中年男性こと七森康弘と虎童子がピースサインをしていた。
「えっと、タイガーさんはさておき、そちらのおじさんはどちら様!?」
「…………………」
「あ、なんか千手さんが今まで見たことない顔してる!」
夏樹たちは、虎童子こそ知っているが、森と片岡に至っては両者とも知らないので混乱の極みだろう。
何十人もいる淫魔たちをしばりあげて、やり切った顔を額の汗を拭っている中年男性が、夏樹たちに親指を立てた。
「七森家当主七森康弘です! マイサンの千手がお世話になっています!」
「七森家の未来の嫁虎童子です!」
「あー、千手さんのお父さんでしたか。こんにちは」
「はい、こんにちは!」
夏樹が元気よく挨拶をすると、森と片岡もお辞儀をする。
いつるは「関係ない」と無関心だ。
「…………由良、不本意だが、俺のクソ親父だ。前に話した停止させていた親父だが、最近停止が解けちまってな」
「あ、森さん、片岡くんに説明しておくとね、千手さんは停止の魔眼っていう厨二病全開でね」
「由良ぁ! それじゃあ俺がただの厨二病になっちまうじゃねえか! ちゃんと停止させる能力を持つ魔眼を持っているとまで説明しようなぁ!」
「――ということです」
「うわぁ」
「すごい!」
森と片岡がキラキラとした瞳を千手に向ける。
「あー、なんだ、そんなキラキラした目で見ないでくれや。大した能力じゃねえからな。恥ずかしいじゃねえか」
「ダーリンが照れてる! かーわーいーいー!」
「虎童子! そういうこと言わないの!」
森も片岡もゲームや漫画が大好きな中学生だ。
リアル魔眼持ちである千手を羨望の眼差しで見つめてしまう。
「つまり主人公ですね!」
「クールな主人公だね!」
「お、おい、俺は別に」
「気さくなお父様と可愛らしい婚約者、そして魔眼を持つサングラスの似合うイケメン!」
「――勝ち組の中の勝ち組主人公だね!」
森と片岡は瞳をキラキラさせている。
ちらり、と森は夏樹を見た。
「由良は主人公である千手さんにボコされて改心した中ボスって感じね」
「ちょ!? 逆だよ! 俺が千手さんをボコしたんだからね!?」
「あんた……そうやってすぐ暴力に訴える!」
「…………だって、俺、バーサーカー系勇者だし」
「そんな勇者いないわよ!」
「うわーん、いつるさーん! 森さんがいじめる!」
「……私を巻き込まないでくれないかしら」
しっし、といつるが鬱陶しそうな顔をして手を払う。
「酷いよぉ!」
「由良、そろそろ真面目にやろうぜ。俺はこの淫魔を院に……あー、水無月家に通さないとまずいか。片付けをしてくから、先に帰ってろ。飯だって食ってないだろ」
「千ちゃん、ここはパパに任せなさい」
「任せちゃまずいだろ」
「安心していい。私は向島市に足を踏み込んだ時から水無月家の監視下にあるから――ねっ!」
「最後溜めんな! つーか、水無月家がうろちょろしていると思ったらあんたを監視してたのかよ!」
「ほら、パパったら水無月家のみずちの力が落ちている時に、水無月家の権力これでもかってほど削いじゃったから。てへへ」
「かわいくねえよ! そういや七森と水無月は仲悪かったな!」
千手はフリーランス霊能力者として扱われていたが、それでも一応は元七森家の人間として水無月家とは気を遣った距離感を取っていた。
そんな千手の父は、数年、表舞台から姿を消していたが、政敵である七森家の現役当主だ。
水無月家の管理する土地にくれば、警戒されるのも仕方がないことだろう。
「あ、千手さん。そんな話している間に、水無月家がきたよ」
「やれやれ。面倒なことにならなければいいけどな。とりあえず、由良は友達を連れて帰っとけ。つもる話でもあるだろうし、飯いくならほら」
千手がそう言って財布から一万円札を取りだし夏樹に渡した。
「やったー! じゃあ、ハンバーガー食べようぜ!」
「……いいんだけどさ、お金渡したんだからもっといいもん食えよ」
「じゃあ、肉!」
「そうしとけ」
「えっと、いいんですか?」
森と片岡が申し訳なさそうな顔をしたが、千手はサングラスを外して笑ってみせた。
「今は気分が高揚しているかもしれないが、ひとりになると怖くなるかもしれないからな。由良の無茶苦茶な話でも聞きながら飯食って腹いっぱいになったら、今日は何も考えずゆっくり眠るといいさ。これ、俺の連絡先だ。いつでも相談に乗るから」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございますっ」
千手は森と片岡を気づかように名刺を渡すと、夏樹たちをこの場から送り出した。