作品タイトル不明
88_正体
「な、なにを言っているの……あなたは、神獣を召喚するための魔法陣で、私が聖魔力を使って召喚した、私の神獣……」
『説明を受けたのを忘れたのか?その魔法陣は、必ず神獣が出てくるものではないと』
「でもっ!聖魔力に反応するのは神獣のみだって……!」
『聖魔力に反応するのは、たしかに神獣のみだろう。だが、オレは特別な存在。魔力以外のもっと大きくて美しい力に応えることができる。それがなにか、分かるか?』
「そんなの、分からない!」
リゼットが叫ぶように答える。
『お前が一番強く抱いているのはなんだ?心当たりがあるだろう?』
「だから、聖魔力じゃないの!?」
『そういうことじゃない。分からないか?昔から、お前が持て余しているもの。ああ、そうだ、今日のリゼットも最高だった。気に食わない義理の姉妹のことを、どうにか傷つけてやろうと、ありもしないことをあたかも事実のように主張する。自分が被害者であるかのように振る舞い、他者を陥れようとする』
「ひっ、ちょっと、やめてよっ」
小さく悲鳴をあげたリゼットが神獣様の話を遮ろうとするけれど、もちろんそんなことじゃ神獣様は止まらない。
それどころか、慌てる姿が面白いのか愉快そうに笑うばかりだ。
『はは!女神官を虐め抜いている時は最高の気分だった。お前が誰かを陥れようとするたび、オレの力は漲っていく。聖女と呼ばれる者と契約できたとはいえ、まさかこれほど力を強くすることができるとは思わなかったな』
「まさか、聖魔力ではなく、悪意に反応して、召喚魔法陣を通って来たのか……?」
そう聞いたソレイユ様は、顔を真っ青にしていた。
『そう!まさに、オレの一番の力の源は悪意!他にも、不安や恐怖、嫌悪や悲しみ、絶望……ああ、今この場にいる人間どもの感情も、美味くてたまらないな』
神獣様──いいえ、神獣様のふりをしていた悪魔は、愉快そうに笑うと、街の人達の顔をぐるりと見渡した。
それが本当なら、こんなの、どうしようもない。
だって、怖いっていう気持ちは、コントロールできるような感情じゃないのだから。
「悪意……悪意を、力に、変えるのは……」
ソレイユ様が、震える声で、呆然と呟く。
『もう分かっただろう?オレは悪魔。まさか、神獣を呼ぼうとする聖女サマとやらが、神獣召喚用の魔法陣でよりによってこのオレを呼び出すとは!ははは!こんなに楽しいことがあるか?』
「うそよ……」
あまりのことに、その事実を否定したいリゼットを見て、悪魔はさらに語り掛ける。
『オレがなぜ、わざわざこんなにも喋っているか、分かるか?お前の本性をバラすことで、お前の焦る気持ち、そして周りの人間がお前に抱く気持ちが、さらにこのオレの力を強くするからだ』
「あ……」
リゼットは、悪魔の言葉で、自分に向けられている視線に気づき、言葉を詰まらせる。
街の人達は、憧れ、尊敬していた聖女の暴かれた悪意に、驚愕と嫌悪の眼差しを向けていた。
(ダメ……!その感情すらも、悪魔の力を強くしてしまう……!)
悪魔が強くなるとともに、瘴気だまりの勢いもさらに増していく。
止まらない悪循環は、絶望を呼び寄せようとしていた。
その証拠に、どろりと鈍い音がして、瘴気だまりからでるモヤが増え、一気に魔物が溢れ出す!
セルヒ様やグレイス様、ギズリ様が魔物を相手取るけれど、その数が多すぎる。おまけに瘴気だまりのすぐ近くにいる三人はその影響を強く受け、すごく苦しそうだった。
とにかく、悪魔の力がこれ以上強くならないように、街の人達の不安や恐怖を少しでも和らげなくちゃ!
今すぐこの場から離れてもらえれば一番いいけど、瘴気の影響とあまりの恐怖で、皆動けずにいるのだ。
私は必死で声を張り上げる。
「皆さん!落ち着いてください!ここにいれば、魔法使い様が張ってくれた結界が魔物を閉じ込めてくれるので、危険はありません!落ち着いて!深呼吸をしてください!」
恐怖で呼吸が浅くなると、不安な気持ちが強くなる。
私も、リーステラ家にいる時は、胸が苦しくなるたびに意識して深呼吸を繰り返した。
それに、呼吸に意識を少しでも集中させることができれば、その分怖いことから意識を逸らすことができるはず。
そう思い、声をかけ続ける。
「今、魔物と戦いながら、瘴気だまりを消し去ろうと魔法を放ってくれているのは、セルヒ様とグレイス様という、魔塔の魔法使い様です!」
「セルヒ様、グレイス様……!?私でも知っているわ!」
「お、俺は、助けてもらったことがある!」
二人の名前に反応する人がちらほら現れた。
これはいい感じだわ!
「そうです、とってもすごい魔法使い様なので、安心してください!それに、間もなく魔塔から他の魔法使い様たちも駆けつけてくれます!なにも恐れることはありません!」
本当は、大丈夫だなんて、言いきれない。
だけど、嘘でもいいからなんとか皆を落ち着けようと、私は必死だった。
──必死だったから、気付かなかった。