作品タイトル不明
第6話「守りたい、この笑顔!!!」
セレフィーナが声を出した。
「どうした?」
「紋章が——黒い光を、出しています」
「黒い光、と言っていいのかわからないが、まあそんな感じだな」
「竜族にしか知覚できないはずの術式光を、あなたは視認できるんですか」
「昔から見えてたな。見えない人がいるのか?」
「人間には見えません。竜族でも、高位でないと視認が難しい術式があります」
「……あ!そーいうことか!だからだったのか、周りの奴らと話がなんか合わないなあと思ってたんだよ」
「そうですよ!なんで気づかないんですか!」セレフィーナはもう手帳を開くのをやめていた。羽根ペンを握ったまま、ただ俺の腕を見ていた。
「……続けてもらえますか」
俺は泉に向けて、紋章を少しだけ解放した。
「扉よ......喰らうな、侵すな、燃やすな、
ただ——満ちろ。地の底から空の果てまで、
俺の声が届く場所まで静かに、穏やかに、満ちろ。
それだけでいい。
それだけで——十分だ」
水面が、さざ波を立てた.......
ーーーー今、この瞬間の光景を彼女が忘れることは決してないだろう
風は吹いていない。揺れる理由がないのに、内側から押し上げるように波が生まれた。泉の底から何かが応答するみたいに。
「なんて幻想的なの.....?」
水面だけじゃなかった。
泉の縁の石が、少しだけ震えた。草が、根元から揺れた。地面の奥の奥で、何かが共鳴している——俺には、そう感じられた。
「……これ以上は危ない。止めるぞ」
波が静まった。石の震えが消え、空気が元に戻った。静寂が戻ってきた後、しばらく何も言えなかった。セレフィーナは俺の腕を見たまま、動いていない。
「……セレフィーナ?」
「……はい」
「大丈夫か」
「大丈夫です」彼女はゆっくりと顔を上げた。「ただ——少し、驚いてはいます」
「何にですか」
「地脈が、動きました」
「そりゃ、今俺が動かしたからな」
「泉の底だけじゃないです。今、この学園の地下を通っている主要な地脈が——あなたの紋章に、反応しました」
「……そうなのか?」
「気づきませんでしたか」
「まあ正直いうと、感じてはいたんだが、普通のことだと思ってて、言うに言い出せなかったんだ」
セレフィーナが、少し目を閉じた。
数秒そのままでいた。
「……一つ聞いてもいいですか」
「ご勝手に」
「あなたは、紋章を封じたことはありますか」
「……封じる?」
「自分の意志で、完全に閉じること。発動させない状態に、固定することです」
「……そりゃ、封じている時間の方が長いな。基本、扉は閉じてるし」
「.......っ!? 自分でそれを!? どうやって?」
「……どうやって、と言われると困るな」
俺は手首の紋章に触れた。
「なんか、ここに意識を向けて、圧をかけてる感じかな.....?扉に鍵をかける感じというか、何というか」
「扉に.....?」
「こう、鍵を無理やりぶち込んで、えいっ!って封じ込める感じなんだよな」
セレフィーナの手の中で、羽根ペンがゆっくりと下がっていった。
「えい!って、あなたは全く」
そうやって、セレフィーナはやれやれといった様子で一拍置いた後、俺が想像すらしていなかった言葉を口に出す。
「いいですか!よく聞いてくださいね!……死神紋章は、封じられません!」
俺は少し止まった。
「封じられない?」
「正確に言えば——封じようとすると、術者が死にます」
彼女は静かに、しかし明確に言った。
「死神紋章は制御不能の紋章です。発動させれば周囲に影響を及ぼし続け、抑えれば術者を内側から焼く。だから紋章持ちは全員、早死にするか、廃人になるか——どちらかだったと、古い記録にあります」
「……初めて知ったな」
「はあああ、あなたは、本当に自分について何も知らないのですね。今まで、紋章を抑えていて苦しいと思ったことは?」
俺は少し考えた。
「……ないな。普通にやれば閉じ込められる」
セレフィーナが、また固まった。
「……普通に」
「そうだな」
「苦しくないんですか?」
「全くと言ってないな」
「扉に鍵をかける感じ、で」
「もう、毎日のルーティーンみたいなもんだな」
彼女はしばらくの間、俺を見て、それからゆっくりと視線を落とした。
「……ご自分で、気づいていらっしゃいますか」
「何にだよ......?」
「あなたが——常識の外にいるということに!」
俺はなんとなく、空を見上げた。
夜明けが来ていた。東の端が、じわじわと白み始めていた。黒から紺へ。紺からグレーへ。境目のない色の変化が、静かに広がっていく。
「……昔も言われたんだよな、おかしいって」
「誰に」
「色んな人に」
「学園に来る前の話ですか」
「まあ——そうだな」
それだけ言って、俺は口を閉じた。
セレフィーナが何かを言おうとして、止まった。気配でわかった。俺が続けるのを待っている。
でも、続けなかった。
続け方が、わからなかった。
「……無理に聞くつもりはないです。でも——いつか、聞かせてもらえますか」
「何をですか」
「昔の話を」
俺は少し間を置いた。
「……そのうち、気が向いたらな」
「それで構いません!なんせあなたは......この私の番で婚約者(仮)なんですから!」
満面の笑みで彼女はそう言い切った。その笑顔はまだ、婚約してこないのにも関わらず........
“誰にも取らせたくない”
そんな思いが滲むほどに綺麗だった。
(ハッッッ!!!俺は今何を考えていたんだ。まだ婚約してもいないのにこんなことを考えるなんて......)
彼女は強制もせずただ、ある、と言っただけで
——それをそのまま受け取って、待つと言ってくれた。
それが、少し——不思議な気がした。
「……一つ聞いていいか?」
「はい!どうぞ!」
「俺の紋章、怖くないのか?」
セレフィーナはゆっくりと顔を上げた。朝の薄い光の中で、紅い瞳がまっすぐに俺を見ている。
「怖くないです」
「なぜだ」
「あなたが使うから!ですよ」
「意味がわからないな」
「同じ力でも、誰が使うかで意味が変わります」
セレフィーナは静かに言った。
「あなたが三年前、あの密林で紋章を使って罠を壊したのは——泣いていた子竜を助けるためでした」
「岩で叩いたけだがな」
「その前に、あなたは紋章を使って罠を感知していたはずです」
俺は少し考えた。
そうだった気もするような......?
あの黒い光が見えたから、罠の構造がわかって、どこを壊せばいいかがわかった。岩を使ったのはその後で——紋章があったから、対処できた。
「……まあ、そうかもな」
「怖いものを使うには、使う理由が要ります」
セレフィーナは続けた。
「あなたの理由は、いつも同じです。困っていたから、助けたかったから——それだけです。だから怖くない」
「単純で面白味のない回答だな」
「もお!今感動的な感じだったじゃないですか......!そんな現実に引き戻すようなこと言う必要ないですよね!」
「まあ、なんだ……セレフィーナ」
「はい?」
「俺の紋章は、制御できないはずなだよな」
「記録上は、そうですね」
「でも俺は制御できてる」
「はい」
「ーーーーーなんでだと思う?」