作品タイトル不明
第31話「これは.......大丈夫なものなのか?」
あの日以来......
学園の空気は、目に見えて変わっていた。
——いや、
正確には、“俺を見る目”が変わった、という方が正しいのかもしれない。
上位魔鳥を一撃で退けた件。
雨の夜、路地裏で不良たちを沈めた件。
さらには最近、封鎖区域で発生した地脈異常を鎮圧したことで、噂は完全に学園中へ広がっていた。
曰く......
“死神紋章持ちは、実は化け物級の実力者だった”。
曰く.......
“王国騎士団の精鋭より強い”。
中には——
“目を合わせただけで相手を失神させる”なんて、もはや怪談みたいな尾ひれまでついていた。
「いや、失神はさせてないだろ」
ーーー昼休み
食堂で噂話を聞きながら俺が言うと、アイラが即座に机を叩いた。
「そこは否定するんだ!?」
「事実じゃないんだから当たり前だろ」
「でも半分くらい本当じゃん! あの路地裏の人たち完全に心折れてたよ!?」
「レインは脅かし方が極端なんですよ」
向かい側で、セレフィーナがため息混じりに言う。だが......
その口元は、少しだけ楽しそうだった。
あの雨の日以来、俺たちの距離は、明らかに変わっていた。
隣にいることが自然になり、目が合う回数も増えた。そして何より——
「レイン」
「......ん?」
「口元」
「……あ」
「ソースついてますよ」
セレフィーナが自然な動作でハンカチを伸ばしてくる。その距離の近さに、周囲の男子たちが一斉に崩れ落ちた。
「近い近い近い!!」
「距離感バグってるだろ!!」
「もう付き合えよお前ら!!」
「うるさいですよ!」
ぴしゃり、と。
セレフィーナが冷たく返す。
しかし耳は真っ赤だった。
最近、この人は隠す気があるのか怪しい。
「……でもまあ」
エリクが頬杖をつきながら、こちらを見る。
「前よりマシな顔するようになったよな、お前」
「俺がか?」
「前のお前、ずっとどこか他人事みたいだったからな」
「てかお前.......偉そうだな。まあ事実ではあるか」
「そうだよ!」
アイラも頷く。
「なんか最近、“ここにいる”って感じする」
その言葉に、俺は少し黙った。
——ここにいる。
たしかに、そうなのかもしれない。昔の俺は、自分の力をどこか遠いものだと思っていた。
死神紋章。
冥境の門印。
世界の境界に触れる異質な力。
そんなもの、自分とは関係ないと、どこかで切り離していた。
でも......セレフィーナを守りたいと思った瞬間。あの力は、初めて“自分の意思”で動いた気がした。
「……レイン?」
セレフィーナが不思議そうにこちらを見る。
俺は小さく笑った。
「なんでもねえよ」
そう答えた、その時だった。
——ぞわり......
背筋を、冷たい何かが撫でた。ほんの一瞬だけ、空気が軋む。まるで、世界そのものにヒビが入ったみたいな感覚。
俺はゆっくり顔を上げた。
窓の外.......遠く、学園都市の外壁の向こう側。黒い鳥たちが、一斉に空へ飛び立っていく。不吉なほど綺麗な光景だった。
その瞬間.......
右手の冥境の門印が、淡く脈動する。まるで——“何か”を警告するみたいに。
「……レイン?」
セレフィーナの声が、少し緊張を帯びた。
俺は窓の外を見たまま、静かに呟く。
「……来ますね」
---
ーーー夜
学園都市外縁部——旧地下水路区域。
本来なら数年前に封鎖され、立ち入り禁止になっている場所だ。
湿った石畳、腐った水の臭い。
天井から滴り落ちる雫の音だけが、異様な静けさを際立たせていた。
「……本当にここなのか?」
アイラが小声で言う。
普段の明るさは薄い。さすがに、この空気には呑まれているらしい。
セレフィーナが周囲を警戒しながら頷いた。
「はい。最近、この区域で異常な地脈反応が観測されています」
「普通の異常、じゃ.......ないんだろ?」
エリクが眉をひそめる。
「普通なら、レインを呼びません」
その言葉で、空気が張り詰めた。俺は先頭を歩きながら、壁へ手を触れる。
瞬間.......ぞわり、と。黒い泥が指先を這い上がるような嫌悪感。
「……気持ち悪りいな」
「わかるのか?」
「これは......かなり歪んでるぞ」
歩けば歩くほど感覚は強くなる。
空気が重い。
呼吸するたび、肺の奥へ冷たい何かが入り込んでくるみたいだった。
そして......
通路の最奥へ辿り着いた瞬間——
「っ……!」
アイラが息を呑む。そこに、“穴”があった。空間そのものが裂けている。
黒い亀裂。
どろり、とした闇が溢れ出していた。見ているだけで本能が理解する。
——危険だ
近づくな、と。
「おーっと、これは.......大丈夫な物なのか?」
そう言ってすぐ.......自分で否定をする。
「まあ、大丈夫なわけがねえよな」