作品タイトル不明
第16話「みんなはナルシストに気をつけよう!」
その男が学園に来たのは、木曜日の昼前だった。
名前はゼルド・バルカン。
二十歳、他国の英雄認定保持者、魔物討伐の実績が大陸に轟き、王侯貴族からは「生ける勇者」、冒険者たちからは「鋼鉄の怪物」とまで呼ばれているらしい。
そして——同時に、あまり良くない噂も跡を絶えなかった。
学園への表向きの訪問理由は「次世代育成のための特別講義」
まあ要するに、自分の武勇伝を喋りに来た、といっても過言ではないだろう。
「知ってるか、レイン!」エリクが昼休みに走ってそばまできた。「今日来る講師、あのゼルド・バルカンだぞ!」
「逆にお前は俺が知っているとでも?」
「いやいや、流石に! だって、大陸で一番有名な英雄だぞ!」
「へー、やるやん」
「やるやんって——お前、本当に興味ないんだな」
そんな話を、エリクとしていると、セレフィーナが「どんな方ですか」と聞いてきた。
「魔術と剣術を両立させた超人で、去年だけで上位魔族を三体討伐してるんだ! それで、学園長も頭を下げたらしい........」エリクは続けた。「ただ——ちょっとな、噂があるんだ」
「そんな、困ったような顔をして.......そんな悪い噂なんですか?」
「女性への態度が、少し……その、よくないと」
「よくない、というと.....?」
「気に入った女を片っ端から口説く。しかも断られても全然引かない。貴族の令嬢相手にも平気で距離詰める.....らしい」
「それは……あまり品のある方ではなさそうですね」
「まあ、会えばわかると思う」
エリクはそう言って、遠い目をした。
その時点で、なんとなく嫌な予感はしていた、それが確信までは至っていなかっただけで......
「まあ、そんな奴のことを忘れて、至福の時間へ戻ろうぜ」
俺からしたら、まったく興味のない話だ。セレフィーナとアイラがその標的にでもされたら、話は変わってくるが、まあ、そんなことはないだろ.......
ーーー
特別講義は午後一番だった。
大講堂に全校生徒が集められた同時に、ゼルド・バルカンが壇上に立った。
第一印象は——でっっっか!、だった。
身長は二メートル近い。肩幅が広く、日に焼けた肌に無数の傷跡がある。顎に無精髭を生やして、腰に剣を二本下げていた。顔立ちも整っていて、笑うと白い歯が見える。
自信という言葉を人の形にしたような男だった。
「やあ、未来ある若者たち!」
低く通る声が、大講堂に響く。
「俺の名前はゼルド・バルカン。まあ、知ってる奴も多いだろうが——大陸最強の英雄だ!」
女子生徒たちから黄色い声が上がった。
ゼルドはそれを当然のように受け止めながら笑う。笑顔は派手で、人を惹きつける種類のものだった。
しかし.......
「……少し苦手なタイプです」
隣で、セレフィーナがぽつりと呟いた。
「お前がそんなことを言うなんて珍しいな、どこが苦手だ?」
「強いて言うなら.......目、でしょうか」
「目?」
「笑っているのに、視線だけは違います」
俺は壇上を見た瞬間、セレフィーナの言いたかったことをすぐに察した。
ゼルドは観客へ向けて笑っている。でも、その目は講堂全体を舐めるように動いていた。
観察している。いや......
値踏みしている、と言う方が近い、男の俺でもそう感じるほど、奴の気味悪さは滲み出ていた。
それでも、いまだに女子生徒が黄色い歓声を上げているのを見るに、嫌な噂やその視線を凌駕するほどの、相当の人気があるのだろう。
ーーー
講義内容は、ほとんどが武勇伝だった。
巨大魔獣を倒した話、王女に感謝された話。戦場で数百人を救った話、街の悪党を片っ端から更生させている話などなど.......
どれも話としては派手で、強さを象徴するものではあるものの、すべての話の中心にいるのは当然ゼルド自身だった。
「——そこで俺が魔剣を叩き込んだ瞬間、魔族の首が吹き飛んでな」
壇上で豪快に笑うゼルド。周囲の生徒たちは大いに盛り上がっている。
だが.....ちらほらとゼルドのナルシストぶりに辟易としているものも見られてきた。
「自分のことが好きな人ですね」
セレフィーナが静かに言った。
「まあ、あれだけすごいことをやってたら自慢もしたくなるんだろ」
「嫌いでは決してないのですが、ただ……少し、自分に酔っている感じがします」
アイラが「私知ってるぞ! そう言うやつをなるしすと? って言うんだろ!」ときっぱり言い放つ。
「相変わらずお前は........よくそこまでズバズバとものを言えるな」
「うわー、私ああいうの苦手!!」
「アイラも自分大好きだし、同族でしょ!」
「私はいいの!!私は可愛いし強いからね!!」
「なるほどー、アイラさんはすごいですねー、」
「めちゃくちゃ棒読み!?」
そんなやり取りをしていた時、講義が終わり生徒たちが移動を始める。
その流れの中で——大きな足音がこちらへ向かってきた。
「君.......ちょっといいかな?」
低い声がして振り返ると、そこにはゼルドが立っていた。近くで見ると、さらに威圧感が強い。
そして何より——距離が近かった。
自然に人の懐へ踏み込むタイプだと、一瞬でわかる。ゼルドの視線は、まっすぐセレフィーナへ向いていた。
「竜王国の王女だな」
「……はい、そうですが何か用でも?」
するとゼルドは驚くべき言葉を口にする......
「噂通り、綺麗だな。俺のものになる気はないか?」