作品タイトル不明
教皇の力
やがて王都ソウリアの頭上にかかる空は、七日目の終わりを告げる夕闇色が濃くなり始め、建物の影が長く伸びてその間の路地には一足早くに夜の時が訪れていた。
自分は街中の一角にある周囲より背の高い建物の屋根に立って、その空を見上げる。
『 聖雷の剣(カラドボルグ) 』の剣身に纏っていた雷光を振り払い、一息吐くようにそれを肩に担ぐ。
視線を眼下にやれば、多数の兵士達が幾つかの部隊に分かれて街中を捜索している姿が目に入る。
【 次元歩法(ディメンションムーヴ) 】も駆使して、大物である蜘蛛人を優先的に討伐した甲斐もあってか、王都防衛に動いている兵士に甚大な被害は出ていない。
蜘蛛人はその巨体故に、高所から捜索すればわりとすぐにその姿を見つける事ができた。
それに、司令塔であったパルルモ枢機卿が倒れた事も連中の統率を乱す結果となって、各個撃破が容易になっていたのも大きい。
とりあえず目についた蜘蛛人はおおよそ排除できたとは思うが、しかしあと数日は第一街壁の街門を開く事はできないだろう。
この王都ソウリアはかなり広大な敷地面積を有しており、街壁内には無数の建物が立ち並んでいる事もあって、それらの中から紛れ込んだ 不死者(アンデッド) を捜索、殲滅するには兵士や衛兵の人手が圧倒的に足りていないのだ。
これはある程度まで掃討戦が済めば住民を街に戻して、人海戦術を実施しない事にはいつまで経っても終わりそうにない。
「きゅ~ん……」
街中を見下ろして、兵士達の奮闘を眺めていると、兜の上に張り付いていたポンタから情けない鳴き声が漏れ聞こえてきた。
そろそろ夕食の時間だな。
そう思って、一旦今日の捜索作業を切り上げる事にした。
「そろそろ戻ってアリアン殿やチヨメ殿の様子見に行くか?」
「きゅん! きゅん!」
ポンタに戻る事を伝えると、先程まで元気のなかった尻尾が急にわさわさと動き出す。
【 次元歩法(ディメンションムーヴ) 】を使い、家屋の屋根伝いにポンタと一緒に移動しながら街の中心地へと向かうと、第一街壁に沿って篝火が置かれて火が灯されている景色が目に入った。
そこから少し離れた場所で屋根から街路へと下りて、そのまま歩いて街門へと向かう。
交代で見張りを詰める兵士に挨拶をすると、相手は直立不動で此方を見送ってくれる。
あの反応はいい傾向なのか、悪い傾向なのか。
彼らの間をすり抜けて街門横の小さな通用門を潜り、王都の旧市街地へと入ると、そんな此方を目敏く見つけて声を掛けてくる二つの人影。
「随分と遅かったわね?」
「お疲れ様です、アーク殿」
アリアンとチヨメだ。
「うむ、この王都、思った以上に広い故、あと数日は掛かるかも知れんな。ところで、アリアン殿らはどうだったのだ? 教会に紛れ込んでいた者は見つかったのか?」
合流後、アリアンに此方の 不死者(アンデッド) 掃討の進捗を話した後、今度は彼女達の首尾を尋ねると、二人は互いに視線を交わして一方が肩を竦め、もう一方が首を横に振って見せた。
「教会の関係者をひと通り見たけど、 不死者(アンデッド) が紛れ込んでいる様子はなかったわ。ただ──」
アリアンがやや疲れた声で空振りだった事を語り、それを引き継ぐように今度はチヨメが口を開いて気になる事を口にした。
「──ただ、教会関係者の何人かの姿が見えないという事が分かりました。襲撃時の混乱で命を落としたか、もしくはパルルモ卿が討ち取られたのを機に行方を眩ませたか……詳細は不明です」
いつの間にか姿を消した数人の教会関係者、その全てとは思わないが確実に一人は諜報役の 不死者(アンデッド) が居たのだろう事が予想される。
「我らやノーザン王国での今回の顛末、恐らくタジエントの時と同様にヒルク教国側に漏れたと考えるべきなのだろうな……」
自分のその推測に彼女達二人も同意するように頷く。
南の大陸でチャロス枢機卿を討った者の特徴をパルルモ枢機卿は承知していた。
これからしばらくはヒルク教国から監視の目が厳しくなるか、もしくは彼らの企ての障害になるという認識の下、積極的に排除する為の行動が予想される。
自身の行動の結果とは言え、いつの間にやら有名人になってしまったようだ。
アリアンは眉間に皺寄せて、それを人差し指で軽く弄りながら、
「ヒルク教国の教皇? はいったい何を目的にしてるのかしらね? 本来ならもう私達みたいな少人数で対処するような事態じゃない筈なんだけど──」
と、彼女は金の瞳を此方にジロリと向けて小さく溜め息を吐く。
アリアンのその言に自分は肩を竦めて小さく笑った。
「確かに、本来──ならばな」
この場に居る三人は、それぞれに抜きん出た力を持っている──多少の事態には対処可能だろう。
「きゅん!」
──そう、三人と一匹だったな。
ポンタの顎下の柔らかい毛を弄りながら──それでもこの三人では対処不可能な事態はやってくるだろうなと、漠然とそんな事に思い到る。
目の前の問題に対処は可能でも、三人と一匹しかいない時点で圧倒的人手不足なのだ。
そんな事を考えながら、先程から口を噤んで頭の上の猫耳を 聳(そばだ) てているチヨメにふと視線を向けると、彼女の視線は宙を彷徨い、心ここに在らずといった表情をしていた。
「チヨメ殿、どうかしたのであるか?」
此方のそんな問い掛けに彼女の猫耳が素早く反応し、視線の焦点を戻した彼女はいつもの如く、あまり表情を表に出さないすまし顔で小首を傾げた。
「いえ──大した事ではないのですが……」
そこまで言って口を噤んだ彼女に、アリアンが視線を合わせるようにチヨメの蒼い瞳を覗き込む。
二人の視線が絡み合い、ややあってからチヨメが小さく口を開いた。
「教国に囚われた同胞達ですが、ボクが手に掛けた 不死者(アンデッド) 兵の中にもいたのでしょうか?」
その彼女の言葉に、自分とアリアンは互いに顔を見合わせた。
不死者(アンデッド) 軍団の大半を占める鎧兵士、その中身は自分と同じ骸骨だ。恐らくその材料となるのは、人骨──つまり死体から集められたであろう可能性が非常に高い。
あの圧倒的な数を揃えるならば、種族的にもっとも数の多い人族が元となっているのだろうが、あの中に獣人族やエルフ族だった者がいないとは言い切れない。
なにせヒルク教は獣人族やエルフ族を人族の社会から排除するような教義を掲げているのだ。
排除され、囚われた彼らがどうなるのか──わざわざそれを口にするまでもない。
「あまり軽はずみな事を言うつもりはないが、死者となっても誰かの命に従い、延々と地上を彷徨うぐらいなら、我らの手で送ってやる方が彼らの為だろう」
チヨメは黙って此方の言葉に耳を傾けながら、自身の手に視線を落としていた。
彼女が今考えているのは、兄弟子であったサスケの事だろうか?
ヒルク教国の手先として操られ、チヨメが自身の手で葬る事になった彼女の家族──彼女にとってヒルク教国はもっとも憎むべき仇、なのだろう。
そんなチヨメを心配してか、アリアンがそっと彼女の肩に触れると、彼女は黙ってアリアンを見上げて猫耳をぱたぱたと忙しなく動かした。
チヨメの猫耳の動きに同調したのか、ポンタも同じように耳をぱたぱたと動かす。
沈黙の場だったそこに、誰かの小さな笑いが零れてその場の空気が和らいだ。
そんな場面で声を掛けてきたのはリィル王女の護衛騎士であるザハルだった。
「ここにおられたのか。今日は貴殿らに本当に助けられた、感謝の言葉しかない。ささやかではあるが、王宮料理人が腕を振るった晩餐を用意してある。勿論、そちらのアリアン殿の要望通り、部屋で食事ができるように取り計らってある」
そのザハルの言葉に、ポンタが期待に胸毛を膨らませて鳴く。
自分はアリアンの方に視線を向けると、彼女はちょっとしたドヤ顔で頷いていた。
確かに他の誰かと一緒に夕食の席を共にするには、 龍冠樹(ロードクラウン) の霊泉を飲んで骸骨の身体を元に戻す必要があるし、以前のように効果が途中で切れる可能性もある。
それならば晩餐は辞退しなければならなかったが、これなら気兼ねなく人族の王宮料理人が作った食事を堪能できる。
労働後の食事を想像すると、今は無い胃のあたりから虫の声が聞えてくる気がした。
「夕食後にしばらくしたら人を呼びに行かせるよう手配した。報酬の第一、国王様より正式に許可が下りたので、宝物庫の閲覧が可能となる。今一度尋ねるが、閲覧だけで構わないのか?」
ザハルはいまいち理解できないといった様子でこちらの表情を窺ってくるが、チヨメはそれに力強く頷き返し、アリアンが無口な彼女に代わって補足を入れた。
「ありがとう、閲覧で問題ないわ。探し物の手掛かりを捜してるだけだから……」
彼女のその言葉にザハルは「そうですか」と短く言葉を切って頷いた。
これ以上は踏み込むべき事柄でもない判断したのだろう、彼は自身の背後に控えていた若い兵士を引っ張り出してその背中をどやしつけた。
「部屋にはこの者が案内する」
ザハルはそれだけを言い終えると、直立不動の姿で挨拶の口上を述べる兵士を置いて、一人会釈してその場を後にした。
わりと立場としては上にいる彼の事だ、色々とやる事があるのだろう。
自分達は緊張でカラクリ人形のような動きで案内役を務める兵士の後ろをついて行く。
それにしてもヒルク教国の教皇とはいったい何者なのだろうか──と。
判明している能力的な面でいえば、教皇は 死霊術士(ネクロマンサー) のような存在だと思われる。
死霊術士(ネクロマンサー) の教皇など皮肉が利いているというのか、あるいはウィットに富んだ設定だと言えばいいのか。しかし、骸骨の姿で聖騎士などやっている自分も 他人(ひと) の事を言えない。
しかも教皇はゲームでよくいる 死霊術士(ネクロマンサー) のように、 不死者(アンデッド) モンスターを呼び出して戦わせるというような類のものではなく、自ら生み出した 不死者(アンデッド) を使役し、それが破壊、浄化されるまで手駒として扱えるという、使いようによっては世界征服ができそうな能力だ。
この王都に攻め寄せた 不死者(アンデッド) が全軍であればいいのだが、タジエントでの出来事を考えればそれは薄い望みかも知れない。
──まったくこの世界には理不尽な存在が多いな。
そう内心で独りごちて大きな溜め息を吐いた。