作品タイトル不明
ノーザン国王との面会
ノーザン王国の王都ソウリア。
第一街壁での防衛戦を想定して築かれた角櫓は、街壁と街壁の上に通された防衛用の通路に直結するような構造で、石組みと漆喰によって作られたその中は、優美さの欠片もない武骨で実用一辺倒な造りとなっている。
しかも元が防衛用として築かれている事もあって、その室内は明かりとりの窓も小さく暗く、並んで侵入ができないように間口も狭い。
そんな窮屈な角櫓の中の一室には、その室内が一層窮屈に錯覚するような者達が顔を突き合わせるようにして座っていた。
王宮に置かれているような磨き抜かれた光沢のあるテーブルではなく、板材に足を付けただけのような粗雑で素朴、足の片方が地面から浮いたガタつくテーブルの席に着いているのは四人。
一方の席に着くのはこのノーザン王国の統治者でもあるアスパルフ国王、その彼の隣に座るのは今回のこの席を設けた国王の娘でもあるリィル王女だ。
そんな彼らの背後には、リィル王女の護衛騎士を拝命しているザハルとニーナ、それに国の主要な臣下達が部屋の隅に立って中央のテーブルに視線をやっている。
そしてもう一方の席に着くのは、尖った耳と薄紫色の肌、金色の瞳に白く長い髪は後ろで束ねたダークエルフのアリアンと、その隣でガタガタと揺れる椅子の座り心地を何度も確かめている全身白銀の鎧で身を固めた騎士──つまりは自分だ。
後はもう一人、黒髪に黒い装束、獣耳と黒く長い尻尾を持つ猫人族のチヨメは、胸元にポンタを抱えて自分達の後方に控えている。
薄暗い部屋の隅に黒い装束で立っているチヨメは、ふと気を抜いた瞬間に景色に溶け込んでしまいそうな薄い気配しか漂わせていないが、彼女の胸元で喉を鳴らして甘えているポンタの存在感のおかげでそれを免れていた。
室内にじっとりした空気が漂う中、一番初めに口を開いたのはリィル王女だった。
「改めて紹介するのじゃ。わらわの父でもあり、このノーザン王国の国王──」
「アスパルフ・ノーザン・ソウリアと申す。此度は娘リィルの要請を受けて我らの国の窮状に手を貸して頂けたこと、心よりお礼申し上げる。エルフの方々と、獣人族の方」
娘からの紹介を引き継ぐように、アスパルフ国王は自ら名乗りを上げた後、そこで深々と頭を下げて感謝の言葉を向けてきた。
そんな国王の態度に周囲の臣下からは小さな騒めきが起こるが、それもすぐに収まってまた室内に息を飲むような静寂の間が訪れる。
これには個人的に少し驚きを禁じ得なかった。
ヒルク教の教義が広く信仰される土地では、エルフ族や獣人族は長く蔑みの対象であったらしい事から、国王がそんな種族の自分達に向けて頭を下げた事に、誰かしら苦言を呈するものと思っていたのだが、蓋を開けて見れば皆、口が縫い合わされたかのように押し黙っていた。
時折、自分やアリアンに視線がチラチラと向けられるが、それを受けて視線を返すと全員が此方の視線から逃れるように一斉に目が泳ぎ出す。
そんな彼らの様子を見ていたアリアンは、小さく口元に笑みを漏らして肩を震わせていた。
先程まで化け物となったパルルモ枢機卿を相手取って暴れていたのだ、ここにいる自分を含めた三人はかなり警戒──というよりも恐れられている節がある。
ただパルルモ枢機卿のように端から種族に因る侮りを受けないというのは、交渉の場に立つ上では何かと都合がいいというのは素直な感想だ。
──まぁ、いつまでもこうして黙っていても話が進まないので、アスパルフ国王に続いて自分達の紹介もそれぞれにしていく事にした。
「我はカナダ大森林の里に席を置く者、名をアーク・ララトイア。そして我の隣は──」
「同じくアリアン・グレニス・ララトイアよ」
自分の紹介を終えて視線を隣に向けると、アリアンは此方の意を汲んで手短に名乗る。
そして次に後ろで黙ったままポンタをあやすチヨメに視線を向けると、彼女は僅かに頭部の猫耳を動かしただけで口を開く様子がない事から、自分が彼女の紹介を請け負った。
「それと後ろにいるのはチヨメ殿だ」
「きゅん!」
「──とポンタだ」
チヨメの紹介を終えると、その彼女に抱かれていたポンタもすかさず自己主張してきたので、ついでにそちらの紹介もして視線を眼前の国王へと戻した。
「さて、それでは本題に移らせて頂こう……」
自分のその宣言に、室内に緊張の糸が張り詰める。
砲艦外交、ここに極まれりといった雰囲気だが、ここまできたのならせいぜい利用させて貰う。
「既にリィル王女様からある程度の事情は聞き及んでおられるだろうが、我らは王女様からの要請を受けて、この王都解放の助力に手を貸す事になったのだ。多少助力の範囲を逸脱した部分もあるが、王女様からそれなりの報酬の確約を頂いているのだ。我らエルフ族と我らの友朋である獣人族の今後を思えば少しばかりの苦労は厭うものでもないのでな」
そう言って一旦言葉を切り、相手方の反応を窺う。
とりあえず自分達が今回王都の解放に助力した経緯を国王以外にも周知させる為の説明だったが、雇い先がリィル王女だという事が知られれば迂闊な批判はできない筈──という目論見もある。
王国の臣下の幾人かは案の定、驚きの顔で国王の隣に座る王女に視線を向けていた。
「報酬の内容はリィルより内々に聞いてはいる。無論、私としても働きに見合った報酬は我が王家の威信に掛けても約束するつもりでいる。しかし、報酬の内容はあれで間違いないのかね? この場に居る皆に周知させる為に、今一度報酬の内容を尋ねても良いか?」
アスパルフ国王からの報酬について、敢えての質問に対し、自分はちらりと横目でアリアンを窺うと、彼女は黙って手の仕草だけで此方に先を促がすようにした。
「我々が今回求める報州の内容は、一つはこの国の宝物庫の閲覧許可を願いたい事。二つ目はこの国の全エルフ族、獣人族の解放及び、今後、彼らの捕縛に対する厳罰化を貴国に求める」
自分のその発言に周囲からはっきりとした騒めきが起き、報酬の内容に物議が醸し出されている事が目に見えて分かる。
傭兵の報酬に新たな国法を定めよと請求しているのだから、それは議論を呼ぶのは仕方がない。
──だがここは力押しでもこの条件を呑んで貰う。
「貴国の存亡を掛けた戦いの報酬だ──少々身贔屓な気もするが我々は十分な働きをしたつもりでいる。そんな我らが多少報酬に欲をかいても致し方のない事かと」
ゆっくりと語りながら、その視線を斜め向かいに座るリィル王女へと移すと、彼女は自分の発言に同意するように力強く頷いて返してくれた。
単純に“国の存亡”と先の戦いを指してはいるが、その存亡に関わる戦いに於いて決定的な 武威(ちから) を示した自分達が語るその言葉は、この国を生かすも殺すも此方の胸三寸しだいという脅しにも受け取れる内容だ。
アスパルフ国王もそれを正しく理解しているのか、首筋を僅かに引き攣らせただけで表情には一切出さず、むしろ笑顔で相槌を打って返してきた。
「欲をかくなど、とんでもない。我が国は本来、エルフ族や獣人族の奴隷所持は禁止されているのだ。違法所持されている奴隷を解放し、それを引き渡すのみで今回の報酬とできるなら我らとしては寧ろ安い報酬だと言える」
その国王の言葉に、壁際に立った臣下達の囁き合いが止まる。
──どうやら国王から言質を引き出せたようだ。
自分の視線が隣のアリアンと絡み、彼女は小さく頷き返した。
後はこの国に根を張るヒルク教に揺さぶりを掛けて、できるだけ弱体化できれば儲けもの──否、材料だけを見ればヒルク教の排除まで持っていける事理は大いにある。
しかし、こちらがヒルク教の廃絶を要求しても今回それが叶う可能性は限りなく低い。むしろここでその要求を突き付ければ、この国は教会の廃絶派と存続派に分断される可能性すらある。
その要因を作ったのは他でもない、自分自身だった。
どうも今回の 不死者(アンデッド) 軍殲滅、その一番の功労者は天の御使い──つまり“ 焔源の熾天使(ミカエル) ”だと庶民たちの間で広まっているそうだ。
この原因として、戦場となっていた第二壁外近くから多くの住民が避難しており、王都の中心地である第一壁内に居た人々から壁越しに見た姿と言えば、上空に現れた天使だった事に起因する。
勿論、今この場に居る国の上層部や、後退命令が出るまで第二街壁傍で戦っていた一部軍人らは事実を知っている。だが彼らが口を揃えて天使を降臨させたのは一人のエルフ族──つまりは自分だと言ったところで誰も信じはしないだろう。
王都の住民の多くにとって現れた天使は、人族の窮状を知って神が遣わしたと信じる一方で、パルルモ枢機卿が化け物となった場面は多くの住民らに目撃されていた事もあって、今回の一連の王都襲撃は枢機卿が邪法に手を染めて行ったという噂が実しやかに囁かれているらしい。
その為、今のヒルク教の立ち位置は微妙な事になっている。
教会の上層部への民衆からの信頼はまさに地に落ちたと言っていいが、天使の降臨という奇跡を目の当たりにした事によって教義や信仰は一層高まるという結果になってしまっていた。
どうしたものか──そんな思考をしていると、先にその事に関して踏み込んできたのはアスパルフ国王の方だった。
「今回、パルルモ枢機卿の話が事実とするならば、彼があのおぞましい姿になった原因はヒルク教の現教皇にある──という事になる。これは我々にとって非常に重い事実だ。この北大陸全土に広がる人族の多くの地域に布教されてきたヒルク教──その最上層部である教皇以下、枢機卿達が化け物であるという話は、今この地に居る者達以外に信じる者はいまい……」
アスパルフ国王はそう言って大きく溜め息を吐くと、此方に向ける視線をさらに真剣なものにし、ややその体勢を前に倒して顔を近づけてきた。
「差し当たって訊ねたい事は君達の──いや、アーク殿の事をパルルモ枢機卿は知っていた様子だった。口ぶりからして君がもう一人の枢機卿を既に手に掛けていたという事のようだが。勿論、それも人の姿をした化け物だったのだろうが、君達は彼らの存在を初めから知っていたのかね?」
どうやら彼らはヒルク教国が企てた今回の一連の騒動など、裏で暗躍する教会幹部らの実態をエルフ族が把握していたのかを知りたいようだった。
しかしタジエントで遭遇した七人の枢機卿の内の一人、チャロスを倒す事になったのは本当に偶然であるし、そもそもヒルク教国を調べる切っ掛けもチヨメの兄のサスケに依る所が大きい。
国王のその質問にどう返そうかと迷っていると、意外にもそれに答えたのはアリアンだった。
「私達が彼らと遭遇したのは単なる偶然よ。……でも、それを私達が知る事になったのは必然よ」
そう言い切った彼女の瞳は、周囲に居並ぶ人々に向けてどこか挑みかかるような鋭さを湛えており、その金色に輝く瞳はまるで猛獣のそれを思わせた。
視線を向けられた数人が、思わず小さな悲鳴を漏らして首を竦める。
ローデン王国でもそうだったが、アリアンは基本、エルフ族や獣人族を奴隷狩りの対象にする人族を快く思っておらず、特に権力を持った人族に対しては結構容赦がない。
例外は人族の子供だろうか。
その点で言えば、今回の依頼主がリィル王女だったのは互いに僥倖だったとも言える。
「……いったいそれはどういう意味なのだろうか?」
彼女の発言を受けて、国王は何やら怪訝な顔つきでアリアンに尋ねる。
「ヒルク教の教義か何か知らないけど、彼らが私達エルフ族や獣人族を人の街から排除する理由は今回のパルルモって男を見て理解できたわ。あなた達にはあれが人に見えていたんでしょうけど、私達にはあれが人ではない──ましてや生者ですらない事は一目瞭然だったからよ」
アリアンの言葉にその場の空気が静まり、全員が唾を飲み込むようにして彼女に注目が集まる。
そんな中で一人、壁際に立っていた老齢の臣下が彼女に恐る恐る尋ねた。
「で、ではあなた方は、あの場でパルルモ卿を見て彼が人ではないと看破されたのか?」
「そうなるわね。 不死者(アンデッド) がどんなに精巧な人の皮を被っていても私達には通用しないわ。あなた達人族は、ヒルク教の教えに従って化け物を見つけ出す事のできる目を自らの手で排除する手伝いをして彼らの跋扈を許したのよ」
まぁ若干一名、看破できなかった人物がいるが、それをここで言っても話の腰を折るだけなのでこっそり胸に仕舞っておく。
それにしても今日の“アリアン殿”はなかなかに悪い顔をして周囲を煽っている。
パルルモ戦後に彼女が語っていた「ヒルク教をなんとかする──」という言葉の実践だろうか。
アリアンの言に言葉を無くし項垂れる老齢の臣下。
ヒルク教の教義において狡知のエルフ族に劣等種の獣人族とされる二種族、その両種族が至極容易に看破せしめた事態を、それら二種族よりも優れた種族であると自負する人族が見抜けず、あまつさえ 不死者(アンデッド) の手の平で踊っていた──とでも考えているのかも知れない。
しかし、これ以上この場で彼らを煽ってもエルフ族に対して敵愾心を燃やすだけだろう。
ただまぁ隣に座っている彼女は街の一角を物理的に地に沈める事ができる力の持ち主なので、この場で彼女に食って掛かれるような猛者はいないだろうが。
まずは仕切り直しといくか──。
「とりあえずこの場は話を戻すとしようか、アリアン殿」
そう言って促すと、彼女は腕を組んで口を噤んだ。
「今回の 不死者(アンデッド) による王都襲撃を企てたのはヒルク教国のあのパルルモ枢機卿で間違いないであろう。我らもヒルク教国の内情を関知しておる訳ではないから、連中の目論見までは知らぬが、おおよその見当はつく。いや、今回のこの騒動で見当がついた、と言うべきか」
そこまで言ってアスパルフ国王に目を向けると、彼は息を飲んで目で先を促がしてきた。そして隣のリィル王女は、何やら怖い話を聞く時の子供のように手を胸の前で固く握り締めている。
「我が最初に遭遇したチャロス枢機卿──奴と遭遇したのはとある街であったが、奴も多くの化け物と 不死者(アンデッド) を使い、街を攻め落とそうとしていた。最初は教会の置かれた街を攻め滅ぼす理由が分からなかったが、この王都を襲撃した 不死者(アンデッド) の膨大な数がその理由だろう」
「それは──」
自分の語ったその話を聞いて誰かが思わず口を開いたが、その先を口にする事無く押し黙った。
自然発生的にはありえない程の数の 不死者(アンデッド) ──しかも各自兵士の装備を身に着けた軍隊に仕上げたそれらは、各地から 不死者(アンデッド) を探し、掻き集めた訳ではないだろう。
パルルモが語っていた「教皇から授かった力」という言葉から推測できるのは、恐らく教皇は自らの手で 不死者(アンデッド) を生み出す事ができるという事だ。
あのパルルモ枢機卿やチャロス枢機卿も教皇が生み出した化け物の一匹でしかない。
そしてその材料となるのは──。
「では、ヒルク教国に連れて行かれたと目されるボク達の同胞や兄はつまり……」
今まで此方の話の成り行きを黙って聞いていたチヨメが不意に会話に加わり尋ねてきた彼女のその問いに、自分は小さく頷いて返した。
「恐らく、 不死者(アンデッド) とされたのだろう……。以前ローデン王国のランドバルトの港街で聞いた話だが、ヒルク教国は多くの犯罪奴隷などを各地から買い付けているとも聞いた。鉱山の労役に課せられるのだろうと、その話をしてくれた者は言っていたが、どうもそれも違うようだな」
とりあえずだが自分の知る話と、これまでの経緯を踏まえた上での推察を語って聞かせはしたが、彼らが今後ヒルク教とどう付き合っていくのかまでは此方が配慮する問題でもないだろう。
この話を受けて大いに反応したのは肩を震わせ、目を見開いたリィル王女だった。
「大変なのじゃ、父上! ヒルク教は今すぐにこの国から締め出さねばならぬのじゃ!」
娘のその剣幕に父親であるアスパルフは背を仰け反らせながらも、何とかそれを宥めようする。
「待て、待て、リィル! 事はそう単純ではないのだ!」
そう、単純ではない──。
人族の各国に根を張り、多数の信者を誇るヒルク教をこの国から締め出すには、この国の民衆、信者達にもそれを行う正当性を説いて納得させねばならない。
天使降臨の件で信仰が盛り上がっている事を抜きにしても、それは容易な事ではない。
それを周知しないまま王家の強権でそれを実行すれば反発は必至だろうし、規模によっては国が分断、転覆しかねない事態になる。
そしてヒルク教国が企てたと目されるノーザン王国王都の襲撃が防がれたとして、果たして教国は王国をそのままに放置するだろうか?
恐らくは今回の襲撃より大規模な第二波を用意するか、圧力を掛けてくる可能性がある。
だからと言って周辺各国にヒルク教国の実情を訴えたとして、その訴えをどこまで信用して貰えるか──通信手段の乏しいこの世界では国同士のやりとりなど、それだけで日数が掛かる。
端的に言って、詰みだ。
ようやく事態を飲み込み始めた周囲の人々が、狼狽したような様子で口々に打開策や方策などを打ち出してはいるが、それらが実を結びそうにない事だけは傍から見ていても分かった。
有効策はない事もないが、長い間ヒルク教の教義下にいた彼らでは、そうそう考えには上らないのかも知れない。
かと言って、その策を自分達の一存で検討できる訳もないのでディランに相談──いや、この場合はもっと上部での協議が必要になるだろう。
「そうだ! 繋がりのあるローデン王国に援軍を打診してみるというのは?」
王国の臣下の一人がそんな提案をしている声が耳に入るが、湾を挟んだ対岸に位置するノーザン王国にローデン王国が援軍を寄越す可能性は果たしてどれぐらいあるのだろうか。
それに距離的な意味でもその案はあまり現実的ではないだろうなと内心でごちた。
「そんな……どうすれば良いのじゃ?」
やや涙目になったリィル王女が自分と国王の顔を交互に見やる姿に、とりあえず今できる事を片付けてから報酬の履行を求めた方が良さそうだと頭を切り替えた。
「貴国もヒルク教を今すぐに如何こうする事は出来ぬであろうし、次善の策として民衆に今回の顛末の首謀者を発表し、その上で表向きは教会関係者の事情聴取という形で彼らを拘束してはどうだろうか? 何せ人の皮を被った 不死者(アンデッド) が紛れ込んでいないとも言えぬ状況であるしな」
そう国王に提案を持ち掛けると彼は思案するように顎に手をやり、その姿を隣で見守っていたリィル王女がもどかしそうな顔で見上げる。
ややあってからアスパルフ国王は此方の提案を受け入れる事を決めたのか、返事をする代わりに重々しく頷いて返した。
そして此方の顔を窺うように顔を上げた国王は、言い難そうな表情である提案を持ち掛けてきた。
「それで……教会関係者の聴取なのだが、その場に貴殿らの列席を願えないだろうか?」
聴取だけで自らの正体を明かす者はいないだろうから、その申し出は至極もっともだ。
現状、人族に成りすました 不死者(アンデッド) を見抜けるのは、エルフ族と獣人族に限られるが、ただ個人的な予想としては今の王都の教会にはそれらが潜んでいる可能性は低いと見ている。
人の中に紛れる事のできる 不死者(アンデッド) となれば、自らの意思を持つ存在の筈だ。そんな奴がパルルモ枢機卿が倒された時点で王都に留まっているとは思えなかった。
だが、これもこの国に恩を売るという点においては断る理由はないだろう。
──ただし、
「ではその席はアリアン殿とチヨメ殿に任せても構わぬか?」
そう言って二人に視線を送ると、チヨメは小さく頷いて了承の意を示し、アリアンは何故か胡乱気な瞳で此方を見据えてきた。
「ちょっと、面倒をこっちに押し付けて、アークはどうする気なのよ?」
人族のとはいえ、一国の王からの要請を“面倒”の一言で切って捨てるとは何とも豪胆というか、後々遺恨を残したりしないだろうかと少し心配になる。
「我の方は、まだこの王都内に残っている 不死者(アンデッド) の掃除をしてこようと思ってな」
そう言って自分は席から立つと、脇に置いておいた『 聖雷の剣(カラドボルグ) 』と『テウタテスの天盾』を手に取って肩に担ぐ。
そもそも自分には人の姿をした 不死者(アンデッド) の見分けなどつかないのだ。
ならば時間を有効活用した方がいいだろうと考え、慈善貢献として未だに第一街壁外の街中で 不死者(アンデッド) の残党と交戦している兵士らの支援を行う事を思いついた。
これは今回の 不死者(アンデッド) 軍団の殲滅という功績のほとんどを自身が呼び出した天使に奪われる形になった為に、その功績の補填を目論んでの事だ。
王都防衛にエルフ族の自分が参戦、活躍する事によって、エルフ種族への悪印象を多少なりとも払拭できればと考えたのだが、やはり兜を被ったままではエルフ族の印象が薄いだろうか。
そんな事を思考していると、席に着いていた国王が青褪めた顔で話を差し挟んできた。
「アーク殿、申し出はありがたいのですが、できれば王都は残して頂きたいのです……」
その国王のいやに丁寧な発言に、今まで壁際で今後の対応などを協議したりしていた臣下達の声が止み、何かを訴えるような視線を一斉に此方に向けてきた。
彼らは自分が 不死者(アンデッド) を掃討するのに、再び天使を降臨させて街ごと吹き飛ばしてしまう事を恐れているのだろうが、そんな事をしてはエルフ種族の印象が下方に振り切れてしまう。
「心配せずとも、あれはそう無暗に呼び出せる代物ではないのでな。地道にこの剣を振り回すさ」
室内で不安そうな顔をする面々に向かって一応の釈明をして、アリアンとチヨメに後の事を頼んでから角櫓の一室を出た。
すると今までチヨメの腕の中で寛いでいたポンタが、自分の後を追うように風に乗って飛んで来きて、いつもの定位置である兜の上へと収まった。
「きゅん!」
「ポンタか、一緒に行くか?」
そんなポンタに声を掛けると、彼は元気にその大きな綿毛の尻尾を振って応えた。
角櫓を出ると、そこには多くの兵士達が建物の周囲を守護するように立っており、それを遠巻きにして王都の住民達が見慣れぬ鎧姿の騎士である此方を指差して何事かを話している。
さて、 不死者(アンデッド) 兵は王国の兵士でも十分対応可能だろうから、自分は残った蜘蛛人の方を中心に対処していけば一番効率がいいだろうと、未だに閉ざされた第一街壁の街門を仰ぎ見た。
夕暮れまでにはなんとか終わるだろうか──。
そんな事を考えつつ、足を街門の方角へと向けて歩き出した。