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作品タイトル不明

サルマ王国の終焉

サルマ王国東部辺境、ブラニエ領。

元はノーザン王国の所領だった地を七十年前、サルマ王国の東征によって切り取り得られた土地で、サルマ王家は当時の東征の勲功者であった先々代のブラニエ卿に下賜された。

それ以来、辺境伯の名を賜ったブラニエ家は代々この土地の守護と繁栄を司ってきたのだ。

そんな地を治める今代の領主の居城でもある屋敷は、ブラニエ領となった後で築かれた武骨な城壁と城塔などとは違い、サルマ王国領となる以前の領主の趣味が存分に注がれた優美な趣が特徴的な屋敷となっており、城砦然とした周囲の景色と相まって一種独特な景観を作り出している。

そんな屋敷の一室に設けられた執務室──その部屋の奥に置かれた大きな執務机の席に一人の初老の男が落ち着かない様子で腰掛けていた。

やや後退した白髪頭に鋭い眼光に鼻下に髭を蓄え、逞しい大柄の身体を拵えのいい椅子に窮屈そうに押し込めたまま時折、ふと何事かを思案するように眉間の皺が深くなる。

ウェンドリ・ドゥ・ブラニエ辺境伯。

その雰囲気からも分かる通りに中央の派閥抗争に明け暮れる貴族達とは違い、どこか騎士や武人を彷彿とさせる人物だ。

しかし元々、領土や国境線での争いが絶えなかったサルマ王国、ノーザン王国、デルフレント王国、そして現在のヒルク教国となる前のアルサス聖王国──その四ヶ国を含む一帯の地を領有する貴族と言えば、彼のような武断に躊躇いのない気質の者が大半を占めていた。

そんな周辺国の状況が変わったのが百年程前、アルサス聖王国の君主であった聖王からヒルク教の教皇に実権が移り、国の名を“ヒルク教国”と改めてからだった。

当時、ヒルク教の教皇は自ら創設した神殿騎士を用いて聖都を制圧し、聖王の持つ実権を移譲させる事によって国の支配者となり、アルサス聖王国は地図の上から消えた。

教皇が唱えたその時の大義名分としては「この地の民の安寧を図る」だった。

その後、度々他国へ侵攻と後退を繰り返していたアルサス聖王国の国境線は、教皇の命の下、ヒルク教国が定めた国境線まで下がり、それ以降の侵攻はパタリと途絶えた。

一方的な国境制定だったが、既に北大陸の多くの地に教会と信徒を有するヒルク教の頂点である教皇が定め治める国とあって、各国はヒルク教国への抗議他侵攻なども含めて断念する事になる。

それからは三ヶ国での争いが中心となったが、それもサルマ王国の東征が最後の大規模侵攻となり、後は散発的な争いばかりに変わっていった。

その原因の一つが資源の豊富なヒルク教国が争乱の疲弊から解放された事に起因する。

争乱の輪から抜け出したヒルク教国が豊かになり始めた事をきっかけに、周辺国はそれに危機感を覚えてなるべく国力を落とさない方針が取られる事となっていった。

そしてノーザン王国と国境を接する事になったブラニエ領の国境守備をブラニエ辺境伯に任せたサルマ王国の中央貴族らは、自身の王国内での権力獲得に傾倒していった。

おかげでそれまで領地は武力で以て守護するという事が基本だった貴族は今や昔、王家の機嫌取りであったり、遊興に現を抜かす者が多くなり、領地を守護するという気概の貴族は稀となった。

ヒルク教国の樹立は確かに周辺国家の争いを鎮め、この地に平安が訪れた事は間違いないが、それで民に安寧が齎されたかというとその点においては疑問が残る。

貴族の暮らしは確かに安定したが、多くの領民は彼らの贅沢な生活を支える為の苦役を背負う事となり、決して豊かな生活を送れているとは言えなかった。

「もし王都で混乱が生じた場合、中央の貴族連中では対応が遅れる可能性があるな……」

難しい顔で天井を睨んでいたブラニエ辺境伯は、誰もいない執務室でボソリと言葉を零す。

彼は先頃に起きた領内での異変に頭を悩ませていた。

最初、その報告が上がってきたのはある領民の目撃談だった。

正体不明の化け物がサルマ王国のブラニエ領の境界線、南北に流れるウィール川を越えてエルフ族の住まうルアンの森へと向かう姿が遠目に目撃された。

そして次に正体不明の化け物が報告書に上がったのは、謎の武装集団がその化け物に追われているという報告で、これも領民からの目撃証言からだった。

ブラニエ辺境伯は領内の異変を正しく把握する為に、捜索隊を結成してその謎の武装集団及び、正体不明の化け物の捜索を命じた。

そしてそんな捜索を請け負った領軍の小隊が遭遇したのが、蜘蛛の下半身と二体の人とが混じり合ったような醜悪な化け物だった。そんな異形の化け物が領内で四匹も見つかり、遭遇時に対処した小隊はいずれもかなり被害を受ける事になった。

一匹で小隊規模の部隊と渡り合うような化け物が領内で立て続けに目撃、遭遇した事から、その化け物がやって来たであろう方角、王都ラリサ方面には偵察隊を派遣。

もう一方の可能性であるノーザン王国──恐らく領内を通り抜けた要人護送団を化け物が追っていた事と関連付けて、既に何らかの異変が起こっていると踏んで使者という形で送り出している。

今はそれらの者達が帰還した際の報告が今後のブラニエ領の運命を決めると言っていい。

だがその結果が届くのはまだ先だ。

ノーザン王国の王都まで使者が向かえば最低は三日、サルマ王国の王都であるラリサへと向かった偵察隊は少なくとも五日は要する。帰路の事も考慮すればもっと時間が掛かるだろう。

一応それぞれに“鳥”は持たせてあるので、報告は片道の倍の時間は掛からない筈だ。

しかしこうして待つだけの状況は何とも歯痒く、ブラニエ辺境伯は焦れた思いを募らせる。

「ラリサの状況によってはノーザンと休戦協定を結ぶ事も視野に入れておかなければならんか」

そう言ってブラニエ辺境伯が椅子から立ち上がり執務室の壁に掛けられた地図を眺めていると、室外から騒がしい足音が聞こえてきた。

彼がそちらに顔を向けると、いつもは入室の確認の為に行われるノックも無くいきなり勢いよく扉が開かれ、室内にいつもの見知った顔が飛び込んで来る。

「失礼致します、ウェンドリ様!」

それはブラニエ辺境伯の補佐を務める女性だった。

普段は滅多に取り乱したりしない彼女が部屋の主の許可を得る事無く、いきなり室内へと入って来た事にブラニエ辺境伯の胸中が暗澹たる気持ちに支配されていくのを感じていた。

しかし、彼女をこれ程までに焦燥させる事態に、彼はすぐには思い到る事ができずにその場で首を捻っていた。

使者らがこの領都を発ってまだ三日程だ。

彼らの報告が上がってくるには時間的にまだ早い──そう思って彼女を見返したブラニエ辺境伯の目にはもう一人、いつもは屋敷内で見かける事のない男の姿があった。

軍装を纏った若い兵士──恐らく伝令兵だろう。

まだ物慣れない風の伝令兵は、ブラニエ辺境伯に向かって大袈裟に礼をした後、一言一句間違えまいとするように目をぎゅっと閉じ、執務室に響くような大声で伝令報告を上げた。

「現在、王都ラリサは謎の 不死者(アンデッド) と化け物の大規模襲撃を受けて交戦中です! その正確な数は不明ですが、少なくとも二十万近くであるとの事! またその王都よりの要請により、辺境伯様におかれましてはその武勇を以て王都防衛の為の援軍をお願いしたい、との事です!」

一気にそこまで捲し立てると、若い伝令兵は背筋を伸ばしてまた大仰に一礼する。

その彼が齎した内容は衝撃的過ぎた──。

「その報告は間違いないのか!!?」

驚愕のあまり目を見開き、額に青筋を立てたブラニエ辺境伯が若い伝令兵に食って掛かると、伝令兵は壊れたおもちゃのように何度も首肯してその問いを肯定した。

王都が二十万もの 不死者(アンデッド) の脅威に曝されている──それはいったいどういう状況なのかと誰かに問い詰めたい気持ちになるが、辺境伯の迫力に怯えて震える伝令兵にそれを言ってもまともな答えを返す事はできないだろう。

そもそも 不死者(アンデッド) が突発的に且つ大量に自然発生したにしても、二十万という数はその常識的な限度を大きく逸脱している。

古戦場などで放置された遺体が大量に 不死者(アンデッド) となり、周囲を徘徊するようになった例は幾つかあるが、それでも多くて数百、千を超えるような事はない。

そもそも人が領土争いなどで兵を用意する場合、二万人もの兵力を集めれば十分に大規模戦力であるこの世の中で、その十倍の規模の数の 不死者(アンデッド) など文字通り桁が違うのだ。

「それで、その二十万の 不死者(アンデッド) の内容は?」

ブラニエ辺境伯は首筋に嫌な汗をかきながらも、今後の対処の想定をする為には、その質問をせざるを得なかった。

あの正体不明の化け物である蜘蛛人は、倒した際にその形を保つ事無く、溶け崩れてしまったという報告があり、それは 不死者(アンデッド) が討伐された際に腐り果てる様によく似ている事から、あの異形の化け物が 不死者(アンデッド) である可能性が言われていたのだ。

そして辺境伯の頭にある一番最悪な想定として、あの蜘蛛人が二十万匹も王都に押し寄せて、全てを蹂躙している姿だった。もしそうなれば人族の国家は全て蹂躙される。

「王都からの使者殿の話によりますと、大半は兵士装備の 不死者(アンデッド) に、それらの中に蜘蛛と人とを合わせた異形の化け物を擁する混成部隊だった、との事です!」

伝令兵の答えに自身の最悪の想定が外れた事に幾分か胸を撫で下ろした辺境伯だったが、それでも圧倒的なまでの数の多さは変わらない。

もはや聞く者によっては意味不明ともとれる報告内容に混乱しつつも、ブラニエ辺境伯の脳裏にある伝説に出てくる名前を思い出して、その可能性を口にしていた。

「まさか……“冥王”、なのか? いや、だがあれは帝国によって討ち取られたという話だった筈」

かつて次々に死者を己の 僕(しもべ) とし、幾体もの化け物を従えたその死者の軍団を以て帝国の領内を荒らしたと言われる伝説の存在──その最後に討伐される際に有していた死者の軍団の数は万を超えていたという。

しかしそんな考えを振り払うように、ブラニエ辺境伯は 頭(かぶり) を振って眉間に皺を寄せる。

ここで今問題なのは原因を探る事ではなく、どうやってこの事態に対処するかだった。

「……ところで、王都ラリサへとやったにしては報告が早過ぎるが、どうなっている?」

辺境伯が睨むような視線で答えを求めるように順に伝令兵と補佐の女性の二人に向けると、その問いには補佐である女性が答えた。

「その事に関しましては私が先に聞き取り致しております。報告によれば、どうやら王都側から援軍の要請に出た使者と道中に行き合ったとの事です。偵察隊は伝令として彼だけを此方へと戻し、残りは命令通り王都の偵察へと向かったそうです。王都からの使者に関しましては、遅れてこの領都に入るとの事のようです」

多少早口ではあったが、いつもの調子を取り戻しつつある彼女の様子に辺境伯が頷いて返す。

そうして自身の考えをまとめるように、これからの方針を口にしながら頭の整理を図る。

「まずは王都への援軍は現実的に考えて無理だな……王都を見捨てる事になるが、致し方ないか」

その辺境伯の言葉に衝撃を受けたのは、伝令の若い兵だった。

だが彼は自身が意見を差し挟める立場にない事を了解しており、ただ口を閉じて喉を鳴らした。

そんな彼を見返した辺境伯は、片眉を上げて隣の補佐である女性にも聞かせるように考えを一つ一つ口にしていった。

「まずはそもそもとして、二十万の敵に対してこちらの兵力が少なすぎる。籠城戦で街壁や城壁を盾にして戦闘するならまだしも、こちらから撃って出られる数ではない。そして距離と時間だ。ここから王都ラリサまで大規模な援軍を差し向けたとして、片道にかかる日数は──」

そこまで口をした辺境伯は、振り返って室内に掲げられている地図を振り返った。

「歩兵が中心となるでしょうから、最低でも七日、準備も含めれば十日は掛かるかと」

辺境伯の考えを補佐するように、彼女は彼の言葉を引き継いだ。

その彼女の言葉に、辺境伯も同意を示すように頷く。

王都周辺は平野部であり、そんな場所で大軍に対して寡兵で挑んでも勝てる見込みはない。それならばウィール川を境界線にして水際で敵を叩く方がまだ現実的だ。

しかしそれも確実とは言い難い。

相手が人ではなく、 不死者(アンデッド) となればその対処法も変わってくる。

二十万もの 不死者(アンデッド) の軍勢に対し、ウィール川の流れはどこまで足止めとして効果があるのか、まったく以て不明だ。とても楽観視などできる状況ではない。

最初に目撃された蜘蛛人などは、斥候的役割の個体であった場合、遅かれ早かれこのブラニエ領にも二十万の 不死者(アンデッド) が押し寄せる事になる。

ブラニエ辺境伯はこれからの事態を想定し、素早く脳内でやるべき事の見当をつけると、補佐の女性に指示を出していく。

「ウィール川沿いの砦との連絡を密にするよう指示を出せ。もし件の 不死者(アンデッド) の軍団を視認した場合、砦を速やかに放棄して領都まで撤退するよう徹底せよ。領内の武器は全てこの領都に運び込む。それと周辺の耕作地で収穫可能な物は今すぐにこちらで買い上げる旨を領内に周知させよ」

辺境伯の指示を聞いた補佐の女性は手持ちの書類の隅に覚書をしていると、その場にもう一人軍装姿の男が駆け足で姿を現した。

「先程、ノーザン王国へ向かった使者の一団から“鳥”が戻りました! こちらが報告書です」

その軍装姿の男は開け放たれた執務室の扉を潜り一礼をすると、ブラニエ辺境伯に小さく折り畳まれた羊皮紙を差し出して後ろへと下がった。

“鳥”は人族が用いる連絡用の手段ではもっとも速い手段の一つだが、鳥の帰巣本能を利用しての性質上、一羽につき片道の連絡しかできない。しかも定期的に鳥を連絡先に運び込む手間が掛かる為、なかなか一般的な連絡手段とは言えない代物だ。

「ノーザンへ送った使者から、もうか? 随分と早いな」

ブラニエ辺境伯はその彼の報告の内容に驚きつつも、その紙切れを受け取って中に目を通した。

記された文章を目で追いながら、そこに書かれていた内容に辺境伯の表情が次々に変わる。

補佐の女性はそんな珍しい辺境伯の反応に報告書の内容を透かし見るように目を細めていると、辺境伯はそんな彼女の態度を知ってか知らずか、報告書を無造作に彼女の手に投げて寄越した。

彼女がそれを受け取り、報告書の内容に目を通している間、ブラニエ辺境伯は難しい顔をして眉間の皺を人差し指で伸ばすように撫でていた。

「どうやらこの報告の内容を見る限り、ノーザン王国の王都も既に襲撃があったようですね」

ややあって報告書から視線を上げた女性のその言葉に、ブラニエ辺境伯は静かに頷く。

それは彼が薄々予想していた事ではあったが、実際に報告として上がってきた物を見ると、言い知れぬ不安に襲われるのを感じて思わず首筋に流れる冷や汗を手で拭っていた。

この地でいったい何が起こっているのか。

「王都壁外に無数の鎧の残骸が焼け落ちていたと書かれている。一部街門が破壊されたようだが、街中には甚大な被害は無く、それどころか今は復旧に役夫が動員されているともある」

そう語る辺境伯の表情は平静を保っているように見えて、その言葉の端々には今回の事態に希望を見出した喜びが隠し切れずにいた。

危機を打開した先例があるというのは、それだけで光明になり得るのだ。

「王都ラリサを襲った者達と同じでしょうか? もしそうであるなら規模の多寡は正確には分かりませんが、ノーザン王国は危機を回避した事になります、一度はですが」

しかしあくまで客観的な物の見方をしようと試みる補佐の女性は、そんな不穏な一言を発して自らの主人であるブラニエ辺境伯を見返す。

辺境伯も彼女の言わんとする事を理解しているのか、眉を顰めて苦いを顔すると重々しく唸った。

このままブラニエ領が 不死者(アンデッド) の大侵攻に耐えられず崩壊、蹂躙されれば、二十万の軍勢が今度は北上して、戦火が収まって間の無いノーザン王国を再び襲う可能性もあるのだ。

だがこの可能性はブラニエ領に暮らす人々にとって悪い面ばかりでもない。

ノーザン王国もそう度々、 不死者(アンデッド) の大侵攻を受けたくはないだろうし、それならば今まで敵対してきたブラニエ領主であるウェンドリとも手を組み、一時共闘する提案が受け入れられる素地はあると踏んだのだ。

なにせ相手は文字通り、言葉の通じる相手ではないのだ。

もし共闘が叶わなくとも、大多数の侵攻に抵抗する事を可能とした方法を教示して貰えないか、内々に願い出る方法もある。それなりの条件を提示されるだろうが、大事の前の小事──ブラニエ領が地図から消えて無くなるよりかは随分とマシというものだろう。

最悪の想定はノーザン王国が再びの 不死者(アンデッド) の大侵攻にも動じない程、持っている対抗手段に自信がある場合だ。この場合、ブラニエ領への一切の支援を断られる可能性がある。

そうなればブラニエ家はたった一家のみで二十万の敵から領土を防衛しなくてはならない。

かつてノーザン王国の領土を切り取り、分断したブラニエ家の領地だ。

不死者(アンデッド) に攻め滅ぼされた後でノーザン王国がそれらを排除すれば、労せずかつての領土を回復する事ができる。

いや、それどころか今頃 不死者(アンデッド) の大攻勢によって攻め滅ぼされているであろう王都ラリサ、もっと言えばサルマ王国の全てを掌中に収める事もできる筈だ。

サルマ王国の王都は海に面した港街でもあるから、もしかすれば貴族連中は船で海へと逃れて難を逃れる事もできるだろうが、蹂躙された後の王都に戻っても民や兵のいない連中にノーザン王国に抗する力など残ってはいない。

改めて色々と先々の事を想定してみるも、暗澹たる気持ちが立ち込めて思わず重い溜め息が出る。

「こうしていても始まらん。儂は少数の手勢を率いて直接、ノーザン王国の王都へ使者として向かう。手を組めるならそれに越した事はないが、それが無理ならば民だけでも退避させられないか打診なり、何らかの策を講じねばなるまい。時間は待ってはくれんからな」

そう言ってブラニエ辺境伯は天井を仰ぎ見て、疲れたように 頭(かぶり) を振った後、徐に補佐の女性の方に視線を戻して今後の対応を指示した。

「儂が使者として発った後の事は、騎士団長とお前とで上手く頼む。伝令の二人は彼女の下に付いて動け。指示は彼女が出す。……恐らくサルマ王国の名は次の年には地図から消えて無くなる。ブラニエ領の名が残るかどうかは今後の皆の働き次第だ」

彼のそんな事も無げに漏らした一言に伝令兵の二人が緊張した面持ちで喉を鳴らした。

「では行って来る」

ブラニエ辺境伯は執務室に掛けられてあった愛用の外套を手に、足早に部屋を後にするのだった。